ツタンカーメン発掘時に行方不明になったジュエリーの行方、百年の果てにいくつかが発見される

今年はツタンカーメン発掘100周年、ということで色んな記事が出ているが、ツタンカーメン発掘には実は”黒歴史"と言うべきものもいくつかある。
有名な「ツタンカーメンの呪い」のような話ではない。発掘を担当したハワード・カーターが地元メディアを締め出した話、講演で儲けながら地元に還元しなかった話、手記の内容と裏腹に発見した当日の夜に墓にこっそり侵入していたという事実。発掘品を手荒に扱ったこと、現代からは考えられない方法で回収していったためにミイラや一部の遺物が破損してしまったこと。少し前の記事に書いた現地のエジプト人の手柄を横取りした疑惑もその一つだが――今回は、「遺物の一部を不法に横領した」という部分だ。

これは、カーター以外の誰も持ち出せなかっただろう遺物が世の中に出回ってしまっていることで間接的に証明できる。
カーターの死後に遺品の中から遺物が見つかったり、実際にカーターから貰ったという証言が残されている遺物があったりするため、ほぼ黒なのである。

そうした遺物のうち、「発掘当時の写真には残されていて行方不明」というものの調査の結果、いくつかは所在が明らかになっている。

Long-lost jewelry from King Tut's tomb rediscovered a century later
https://www.livescience.com/king-tutankhamun-long-lost-jewelry

実際に、失われたツタンカーメンの遺物である可能性が高い品の一つはこちら。
博物館の来歴(Provenance)でも、カーターが持ち出したものと思われる旨が記載されている。

https://art.nelson-atkins.org/objects/26538/funerary-jewelry

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発掘当時は、この金色のパーツの間に幅広の襟まきのような部分があったはずだが、その部分は今は失われている。
おそらく糸が劣化していてビーズがバラバラになってしまったのだろう、ビーズ部分は最近、新たに糸で繋いで再利用されたものがオークションに出品されようとしていたそうだ。

また別の博物館に収蔵されているこちらのネックレスのビーズも、新たに糸を通されているものの、元はツタンカーメン墓にあったものと考えられている。

https://www.slam.org/collection/objects/34188/

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カーターが持ち出したものはどれも小物で、ポケットにちょっと入れればすぐに持ち出せるようなものばかりだ。またプレゼントとしても喜ばれそうな、という言い方もアレだが、人にくばるのにちょうどいいお土産といった感覚の品なのだ。
これらは写真が残っていたから特定できたものの、発掘後の記録に載せられる前に消えていたら、誰も気づかない。
今現在、世の中の各地の博物館に収蔵されたり、オークションに出回ったりしている、来歴不明の「第18王朝のアクセサリー」は、もしかしたらツタンカーメンの墓から持ち出されたものである可能性があるということなのだ。

これは、ハワード・カーターが特別に不道徳な考古学者だったというよりは、当時の考古学者の感覚はこの程度だったと言ったほうが正しいと思っている。

私財を投じて宝探しをすることが許されていた時代で、実際に金持ちの好事家でもなければ発掘など出来なかった。宝の山を見つけたなら、そのいくらかが自分へのご褒美になるのは当然だと思われていた。
そして学者も、多くは、見栄えのする遺物を博物館に並べられればそれで良かった。


百年前の倫理感――しかし、このツタンカーメン墓の発見は世間に多くの議論を呼び起こし、エジプトからの遺物持ち出しが厳しくなるきっかけとなった。カーターに情報を独占されたことから、エジプト人自身が発掘にかかわるべきだという気運も高まったのである。

それから時が経ち、今、エジプトには現地人の考古学者も多く誕生している。しかも遺物修復の技術は、日本から支援に入って伝授している。
時代は変わり、価値観も変化する。現代の感覚で百年前の人間をただ責めても仕方ないのだろう。

今はただ、失われた遺物が一つでも多く特定され、正しく評価されることを願うばかりだ。