クレオパトラは死海にスパを作ったか。訪れた、までは史実のようだが現実は…。

美容関連の品に何かと名前を使われがちな人物クレオパトラさんの、いつものアレである。
「死海のほとりに世界初のスパを作ったのは、なんとクレオパトラ!」「泥パック美容もしていた!」みたいな感じで名前使われてて、えぇ…うん…? みたいになった中の人ですよ。

3467240.png

スパ作ったっていうから、せめて何か遺跡でもあるのかと思ったらそんなことはなく、「伝説によれば」「言い伝えによれば」と曖昧な書き方しかされておらず、しかも「スパ作った」の他に「美容のために死海の泥を恋人のマルクス・アウレリウスに運ばせた」とか「病気に効くとして湯治に出かけた」などなど、実に色んな書き方をしているページがあって、何がなんだかよく分からない。今までの検証シリーズからするに、誰一人ソースに触れていないこの伝説は、いかにも怪しい。

だが、唯一具体的に書かれている「マルクス・アントニウス(Marcus Antonius)」の部分だけは気になった。
実はクレオパトラは、実際に、この人物に会うためにシリアまで出かけているのである。

死海に立ち寄ったという記録は自分の知る限り「ない」のだが、もしかするとそこから、「近くを通ったからにはきっと立ち寄ったはず!」という尾ひれの付いた伝承が生まれたのではないだろうか。

まず前提として、死海周辺は、プトレマイオス朝全盛期にはエジプトの一部である。
この領土は王朝末期に徐々に失われつつあり、それが王家に対する民衆の不満の種でもあった。
それが、クレオパトラ7世の時代にローマの軍人と関係を結んで一瞬だけ取り返すことが出来たのである。というわけなので、イスラエルが支配下にあったその「一瞬」に、全てがかかっている。

image0.jpeg

キプロスの北側にも紫色の領土の色がついているところがあるが、まさにそのへんには、「クレオパトラが恋人のマルクス・アントニウスと楽しんだ海水浴ビーチ」なるものがあり、現代でも宣伝に使われている。
この話は、キリキアのタルソスまでアントニウスに会いに行ったところまでは史実だ。紀元前41年、死の11年前なので20代後半くらいの年齢だろうか。
まさか女王が海で泳いだとも思えない。というか泳いだとして現代の浜辺のどのへんかなど分かるはずもない。そこは観光用の宣伝文句、嘘か本当かわからないことを言ってるとみなすべきだろう。

その後、二人はアレキサンドリアへ戻り祝宴を開催する。そしてアントニウスはいったん母国へ戻り、別の女性と結婚して紀元前37年までクレオパトラのもとへは戻ってこない。
次に二人が会うのはシリアで、クレオパトラはアラビア(ペトラを含む)とユダヤ人の土地の支配権を自分に与えるように要求する。ペトラは死海の向かい側、ヨルダンにある遺跡のこと。つまりは、いちどエジプトの支配から外れてしまっていた死海近辺をもう一度自分に支配させてくれ、ということを言っている。


アントニウスが愛人の要求に応じ、沿岸の大都市シドンとティルスを除く、かつてのエジプト支配地を彼女に与えた。
つまりそれ以前は、死海はエジプトの女王が安全に訪れられる支配領域ではなかったことになる。

シリア併合のあと、クレオパトラは、タルソスから少し東へ入ったユーフラテス川沿岸のゼウグマまでアントニウスに同行した後、イスラエルでヘロデ1世に面会してからアレクサンドリアへ帰還する。
これは紀元前33年のこととされ、絵画にもなっている。
フラウィウス・ヨセフスによれば、ヘロデ王はクレオパトラのこともあまり良く思っておらず、用心して応対したあと、エジプトとの国境まで丁重に送迎したようだ。

彼女が死海のほとりを訪れることが出来た機会は、この時しかない。

35677.png

つまり「アントニウスが恋人だった時期に死海の近くを訪れた」までは史実なのだが、「アントニウスと二人でイチャラブ死海デート」をしたわけではなく、デートした可能性があるとすれば、むしろ若き日のヘロデ王である。美容に役立つという死海の泥だか塩だかでパックしたとしても、その頃の恋人は遠くパルティア遠征中で、つやつやになったお肌を見せられる場所には居なかった。

運命のアクティウム海戦までは、あと数年。
女王の命運は、既に尽きかけようとしていた。


*******

――というわけで、死海のほとりにスパ建てたとか、美容したとか、そういう話は状況からして史実とは考えにくい。そんなことしてる時間もヒマも無かったからだ。
ただ、クレオパトラが死海のほとりに立ったことくらいは、あったかもしれない。その程度の話である。


余談だが、実は現代の死海は、スパでもビューティ施設でもなく、半分が巨大な塩田と化している。
普通の海水に比べてカリウムやマグネシウムなどの溶け込んでいる量が多く、しかもすでにかなり濃縮された状態なので効率よく抽出できるようなのだ。
空撮で見ると、南半分ががっつり塩田になっていることが分かる。

2356677.png

この塩田は年々拡大しているようで、塩化ビニルなど工業製品も近くで作られているのだそうだ。
観光地として紹介されている死海は北半分だけなのだ。二重の意味で金を生み出す装置、死海。なんとも、夢があるような無いような話である。

*****

おまけのおまけ クレオパトラ検証シリーズはこのページの下の方にまとめてリンクしてある。
http://www.moonover.jp/bekkan/chorono/farao_ptr_kreo7.htm

ほとんどは根も葉もない話なんだけど、「クレオパトラがシルクの服を着たかもしれない」だけはガチ史実でソースのあるやつでした!