未知の言語解読はなぜ難しいのか。「ヒエログリフを解け」
ロゼッタ・ストーンの発見からヒエログリフ解読に至るまでの経緯を丹念に書いた本である。
概要は他の本でも何冊か出ているし、主役がフランスのシャンポリオンで、同時に解読に挑戦していたイギリスのヤングも出てくる。著者はイギリス人なのでまぁヤングについてのちょっと盛った記述はフランス人に全部譲りたくない「お国柄」だと思って読めばいいと思う。

ヒエログリフを解け ロゼッタストーンに挑んだ英仏ふたりの天才と究極の解読レース - エドワード・ドルニック, 杉田 七重
解読に至るまでの概要はそれほど長くはない。面白いのは、途中で脱線しまくってまで書いている、「何故、未知の言語の解読が難しいのか」という部分である。
まず右から読むのか、左から読むのかが分からない。繰り返し出てくるカルトゥーシュ部分が人物名というのは判定出来ても、同じ人物の名前でカルトゥーシュに入れられる綴りが変わるのは何故か。(答えは一つの音を表す文字が複数あるからと、王の称号を一緒に入れるかどうかなのだが、最初はそんなもの見当がつくはずもない)
そして当時の知識レベルでは、なかなかに面白いところにつまづいている。ヒエラティックがヒエログリフの崩し文字だと気づかずに当初シリア語だと思ってたとか、写真ではなく手書きで写した資料使ってたのでハゲワシとガチョウの区別がついてなかったとか。
最終的には、コプト語が古代エジプト語の発音を引き継いだ後継言語だと信じたシャンポリオンの勝利となったが、もし後継言語が全く残ってイなかったら、おそらくヒエログリフは今も未知の言語で、断片的にしか意味のわからない代物になっていたのだ。
ヒエログリフの解読された当時、ハトシェプストはまだ歴史上に存在しなかった。居なかったものとして歴史から抹消されていたからである。
残された碑文の「王」の文字が女性型に変えられて「女王」となっていることに最初に気づいたのはシャンポリオンだったという。
またツタンカーメンも知られていなかった。同じく歴史から抹消されていたからで、もしもヒエログリフが解読されていなかったら、遺物の断片から彼の名前が読まれることも、ハワード・カーターが探しにやってくることもなかった。
古代エジプトでは、文字は知恵の神がもたらしたものだという。書紀たちは言葉に「永遠」を託して書いた。
その文字の読み方は一度は忘れ去られてしまったけれど、二千年近い時を経て再び蘇った。そして、失われていた王国の記憶を雄弁に語り始めた。
まさに言葉には時を超える力があると証明されたのだった。
この本は、人間ドラマの部分よりも、「言語」に焦点の当てられた部分が面白いかなと思った。
概要は他の本でも何冊か出ているし、主役がフランスのシャンポリオンで、同時に解読に挑戦していたイギリスのヤングも出てくる。著者はイギリス人なのでまぁヤングについてのちょっと盛った記述はフランス人に全部譲りたくない「お国柄」だと思って読めばいいと思う。

ヒエログリフを解け ロゼッタストーンに挑んだ英仏ふたりの天才と究極の解読レース - エドワード・ドルニック, 杉田 七重
解読に至るまでの概要はそれほど長くはない。面白いのは、途中で脱線しまくってまで書いている、「何故、未知の言語の解読が難しいのか」という部分である。
まず右から読むのか、左から読むのかが分からない。繰り返し出てくるカルトゥーシュ部分が人物名というのは判定出来ても、同じ人物の名前でカルトゥーシュに入れられる綴りが変わるのは何故か。(答えは一つの音を表す文字が複数あるからと、王の称号を一緒に入れるかどうかなのだが、最初はそんなもの見当がつくはずもない)
そして当時の知識レベルでは、なかなかに面白いところにつまづいている。ヒエラティックがヒエログリフの崩し文字だと気づかずに当初シリア語だと思ってたとか、写真ではなく手書きで写した資料使ってたのでハゲワシとガチョウの区別がついてなかったとか。
最終的には、コプト語が古代エジプト語の発音を引き継いだ後継言語だと信じたシャンポリオンの勝利となったが、もし後継言語が全く残ってイなかったら、おそらくヒエログリフは今も未知の言語で、断片的にしか意味のわからない代物になっていたのだ。
ヒエログリフの解読された当時、ハトシェプストはまだ歴史上に存在しなかった。居なかったものとして歴史から抹消されていたからである。
残された碑文の「王」の文字が女性型に変えられて「女王」となっていることに最初に気づいたのはシャンポリオンだったという。
またツタンカーメンも知られていなかった。同じく歴史から抹消されていたからで、もしもヒエログリフが解読されていなかったら、遺物の断片から彼の名前が読まれることも、ハワード・カーターが探しにやってくることもなかった。
古代エジプトでは、文字は知恵の神がもたらしたものだという。書紀たちは言葉に「永遠」を託して書いた。
その文字の読み方は一度は忘れ去られてしまったけれど、二千年近い時を経て再び蘇った。そして、失われていた王国の記憶を雄弁に語り始めた。
まさに言葉には時を超える力があると証明されたのだった。
この本は、人間ドラマの部分よりも、「言語」に焦点の当てられた部分が面白いかなと思った。