エジプト・アビドスで見つかった山ほどの「羊の頭のミイラ」とラメセス2世の関連性とは…

最初、日本語ニュースで読んで「ん?」となった話。

羊の頭のミイラ2000個発見 ラムセス2世への供物 エジプト
https://news.livedoor.com/article/detail/23945324/

「ラムセス2世の死後1000年を記念する儀式が行われた」とあるのだが、ラメセス2世が亡くなったのは1200年頃。
当時は西暦などというものはなく、しかも年月の換算が「xx王の治世○年目」だったため、きっちり1000年後を計算することは出来ない。
(なので、「ラメセス2世が即位していたのは紀元前xx年からxx年」と言っているのも、あくまで目安。)

しかも1000年後ってプトレマイオス朝の半ばである。
2000頭もの羊を一気に潰すなら権力者の仕業だろうが、マケドニア系ギリシャ人という異国人出身の外来王朝が、敢えてエジプト土着民の聖地アビドスで過去の王を称えるなんてことする意味とは? 

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というわけで、ちょっと疑問だったので大元のソースまで辿ってみた。
出どころはエジプト考古庁。ここまでたどると、ニュースサイトには転載されていない写真も出てくるし、いっちゃん最初に発信された内容も分かる。

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内容を翻訳ソフトに通した結果は以下になる。

"ミッションの責任者であるサメ・イスカンダル博士は、この多数の雄羊のミイラの発見は、プトレマイオス朝時代にアビドスで前例のない雄羊崇拝が行われた際に、奉納物として使用された可能性があることを示しました。それは、ラメセス 2 世がアビドスで崇拝されていたことを示しているのかもしれません。"


これなら意味が分かる。
たまたまラメセス2世の建造物近くで見つかっただけで、ラメセス2世を崇めていたかどうかは「わからん」。
ですよねー・・・・・。

いや、つか、なんでプトレマイオス朝の人が1000年も前のファラオのこと覚えてるん? しかも敢えてラメセス2世? って思ったんだ。
もしそうだと断定するなら近くから記念碑なりパピルスなり証拠品が見つかっていなければならないが、それもない。
「~かもしれない」と推測されていたものが、その内容の妥当性を判断できない人によって、いつのまにか断定に変えられてしまった、という、ニュースあるあるの話であった。


そもそもこの2000頭分のミイラは一気に殺されたものなのか、たくさんの祈願者が一つずつ持ってきていつのまにか溜まったのか。たぶん後者のほうなのだろうが、だとしたら、祈願者たちはお参り先の神殿が何を意味するものなのか等はあまり気にしておらず、「昔からある由緒正しい参拝先」くらいの認識だったのではなかろうか。(実際、ピラミッドはそういう扱いになっていた。)

古来の王たちは、名前を持つ、かつて生きた実在の人間というよりは、伝説上の人物や、神の一種ような扱いになっていたのかもしれない。




ちなみに、ミイラ化された羊は雄羊ということで、アメン神の神聖動物ではあるが、アメン神以外にもエジプトの主要な神々、たとえばプタハ=タテネンなど大地・冥界の神、またはオシリス神にも結び付けられることがあった。アビドスに捧げる犠牲獣としてはふさわしいチョイスだろう。

ちなみにアビドスは、オシリス神の墓があるとされた古来からの聖地であり、弟セト神にバラバラにされて川に流されたオシリスの体のうち頭の部分が流れ着いた場所だったともされる。ラメセス2世とセティ1世の作った葬祭殿の他にも、歴代王たちの記念碑がある場所なので、大量の羊以外に古王国時代の周壁や埋蔵物が見つかっているというのは納得の結果。

古い王国時代から、プトレマイオス朝時代、そしておそらくはローマ支配時代まで、この場所で連綿と宗教儀式は行われていたのだろう。
その意味で、今回の発見は面白いものだし、ラメセス2世自体を崇拝してたかどうかは置いとくにしても、重要な発見だったと思っている。