古代エジプト原産! と言われる「マスカット・オブ・アレキサンドリア」、どこまで信憑性があるか調べてみた
新 年 度 で す
やることが…やることが多い!!
なので気になったネタを調べられたところまででとりあえず書いておく。
◆発端
「マスカットの起源は古代エジプト」という言説を見かける。
⇨調べてみると「マスカット・オブ・アレキサンドリア」という品種が北アフリカ起源とされ、アレキサンドリア港から輸出されたのだとまことしやかに書かれていた
⇨いつもの「クレオパトラが愛した」の宣伝文句つき
⇨経験上、この宣伝文句がついてるやつは9割怪しい
⇨ちょっと調べてみた…。

結論から言うと、「古代エジプト原産」という明示的な証拠は無かった。
まず、このブドウはワインの原料によく使われるとのことだが、そもそも出来上がるのは白ワインである。
古代エジプト人の作っていたワインは一般的に赤ワインだった。
ただし、白ワインが全然なかったわけではない。近年になってツタンカーメン墓で見つかっていたワイン壺の中身が、いくつかは白ワインだったと特定された時は、驚きを持って迎えられた。白ワインは古代エジプトでは例外だったからだ。
神話の中で流血と赤い汁が結び付けられるように、赤い色に意味があるとされてきたからだ。なので、白ワインは外国産では? という説も出ていたくらいなのだ。
First evidence of white wine in ancient Egypt from Tutankhamun's tomb
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0305440305002499
しかし、論文内にも書かれているように、新王国時代でも白ワインは一応あった。また、プトレマイオス朝のもとでは白ワインも一般的に飲まれていたことが分かっている。アレキサンドリア近郊には王家のぶどう園があったことも知られている。
…なので、もし「マスカット・オブ・アレキサンドリア」が本当にエジプトから広がったものだとしても、「古代エジプト」の中でも一番最後の時代、プトレマイオス朝からじゃないの? というのが可能性の高そうなストーリー。
ローマがエジプトを支配したあとに帝国領内に広められた可能性もありそうだ。
それと、エジプトに隣接するネゲブ地方も、もしかしたら候補地に上がるかもしれない。
ワインづくりのために入植されていた土地があり、そこで白ワインが作られていたという調査報告を読んだことがあるのだ。
ビザンツ時代の高級白ワイン、6世紀の黒死病流行で廃れたのでは。という説
https://55096962.seesaa.net/article/202008article_1.html
まあ、どこから広まったにしても、二千年も前の品種が改良もされずそのまま残ってるわけないので、現代のぶどうの木は同系統の子孫か何かなんだろうと思う。というか、中王国時代や新王国時代の墓の壁画にはブドウが出てくるものも幾つかあるが、それらの見た目と全然違うのも、そもそもの突っ込みどころである。

本気出せばもう少し調べられそうな気はしたが、「白ワイン用じゃあなあ…」の時点で脱力してしまったので、今回はここまで。
機会があればまた調べてみようと思う。
やることが…やることが多い!!
なので気になったネタを調べられたところまででとりあえず書いておく。
◆発端
「マスカットの起源は古代エジプト」という言説を見かける。
⇨調べてみると「マスカット・オブ・アレキサンドリア」という品種が北アフリカ起源とされ、アレキサンドリア港から輸出されたのだとまことしやかに書かれていた
⇨いつもの「クレオパトラが愛した」の宣伝文句つき
⇨経験上、この宣伝文句がついてるやつは9割怪しい
⇨ちょっと調べてみた…。
結論から言うと、「古代エジプト原産」という明示的な証拠は無かった。
まず、このブドウはワインの原料によく使われるとのことだが、そもそも出来上がるのは白ワインである。
古代エジプト人の作っていたワインは一般的に赤ワインだった。
ただし、白ワインが全然なかったわけではない。近年になってツタンカーメン墓で見つかっていたワイン壺の中身が、いくつかは白ワインだったと特定された時は、驚きを持って迎えられた。白ワインは古代エジプトでは例外だったからだ。
神話の中で流血と赤い汁が結び付けられるように、赤い色に意味があるとされてきたからだ。なので、白ワインは外国産では? という説も出ていたくらいなのだ。
First evidence of white wine in ancient Egypt from Tutankhamun's tomb
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0305440305002499
しかし、論文内にも書かれているように、新王国時代でも白ワインは一応あった。また、プトレマイオス朝のもとでは白ワインも一般的に飲まれていたことが分かっている。アレキサンドリア近郊には王家のぶどう園があったことも知られている。
…なので、もし「マスカット・オブ・アレキサンドリア」が本当にエジプトから広がったものだとしても、「古代エジプト」の中でも一番最後の時代、プトレマイオス朝からじゃないの? というのが可能性の高そうなストーリー。
ローマがエジプトを支配したあとに帝国領内に広められた可能性もありそうだ。
それと、エジプトに隣接するネゲブ地方も、もしかしたら候補地に上がるかもしれない。
ワインづくりのために入植されていた土地があり、そこで白ワインが作られていたという調査報告を読んだことがあるのだ。
ビザンツ時代の高級白ワイン、6世紀の黒死病流行で廃れたのでは。という説
https://55096962.seesaa.net/article/202008article_1.html
まあ、どこから広まったにしても、二千年も前の品種が改良もされずそのまま残ってるわけないので、現代のぶどうの木は同系統の子孫か何かなんだろうと思う。というか、中王国時代や新王国時代の墓の壁画にはブドウが出てくるものも幾つかあるが、それらの見た目と全然違うのも、そもそもの突っ込みどころである。
本気出せばもう少し調べられそうな気はしたが、「白ワイン用じゃあなあ…」の時点で脱力してしまったので、今回はここまで。
機会があればまた調べてみようと思う。