ブラウスの語源は「古代エジプトの地名」?→中世でした
新年度です…
会議が…会議と覚えること(新しい人名)が多い!!
<無理
というわけで、あまり突っ込んで調べられてはいないのだが、気になったことはメモしておかないとあとで忘れてるので、とりあえずまとめておく。
アラビア学が専門の著者の書いた本に出ていた、「アラビア語が語源になっているもの一覧」というものの中に、何故か「ブラウスの語源は古代エジプトの地名」という謎の一行が入っていることに気がついてしまったのだ。
ブラウスの語源のアラビア語は「バルスィー」だというのだが…
そんな地名は古代エジプトでは聞いたことがない。

自分が知らないだけなら知らねばならないし、そもそも無いのであれば間違えた理由が知りたい。
というわけで、ちょっと調べてみたぞ!
●ブラウスの語源に「エジプトの地名」を挙げているところ
日本語では出て来ないが、英語だとたくさん出てきた。
というか、Wikipediaにも普通に入っている。
Blouse
https://en.wikipedia.org/wiki/Blouse
もうちょっとちゃんとした辞書だとこちら。
https://www.etymonline.com/word/blouse
そもそも「ブラウス」という言葉の語源については、諸説ある状態のようなのだ。
【説1】中世の製造拠点だったエジプトの町「ペルシウム」に由来するラテン語 pelusia
【説2】プロヴァンス語で「短い(羊毛)」を意味するblouso
何にせよ、ここから転用されて、労働者が着るスモックのような服が英語で「ブラウス」となり、その後、婦人用の服へと転用されていった、という話らしい。
●この地名は古代エジプト語ではない。
冒頭の「バルスィー」は、おそらく説1に出てくるpelusiaのアラビア語読みとかではないかと思う。中世ならイスラーム支配下なので。
ということは、古代エジプトぜんぜん関係ない。
そして、そもそもの話をすると、ペルシウムは、名前の響きからして分かるとおり古代エジプト語ではない。
上エジプトの町ではなく、下エジプトの町で、ギリシャ人入植地として作られた町になる。(もしかたら上エジプトに同名の小さな町があったりするのかもしれないが、聞いたことがないし探しても出てこない)
街の起源じたいは古代エジプトに遡るかもしれないが、ギリシャ語からラテン語(ローマの言葉)にされた地名で残っているから、これが語源だとしても「ギリシャ語由来の中世エジプトの地名」としか言いようがないな…。
まあなんか、これをアラビア語が起源の物事に入れてとまうのは、だいぶ違う。
英語文献メインだとアラビアからの視点がわからないし、アラビア語文献メインだと英語資料では自明のことも見えなくなる。そういうことなのかなと思う。
会議が…会議と覚えること(新しい人名)が多い!!
<無理
というわけで、あまり突っ込んで調べられてはいないのだが、気になったことはメモしておかないとあとで忘れてるので、とりあえずまとめておく。
アラビア学が専門の著者の書いた本に出ていた、「アラビア語が語源になっているもの一覧」というものの中に、何故か「ブラウスの語源は古代エジプトの地名」という謎の一行が入っていることに気がついてしまったのだ。
ブラウスの語源のアラビア語は「バルスィー」だというのだが…
そんな地名は古代エジプトでは聞いたことがない。
自分が知らないだけなら知らねばならないし、そもそも無いのであれば間違えた理由が知りたい。
というわけで、ちょっと調べてみたぞ!
●ブラウスの語源に「エジプトの地名」を挙げているところ
日本語では出て来ないが、英語だとたくさん出てきた。
というか、Wikipediaにも普通に入っている。
Blouse
https://en.wikipedia.org/wiki/Blouse
もうちょっとちゃんとした辞書だとこちら。
https://www.etymonline.com/word/blouse
そもそも「ブラウス」という言葉の語源については、諸説ある状態のようなのだ。
【説1】中世の製造拠点だったエジプトの町「ペルシウム」に由来するラテン語 pelusia
【説2】プロヴァンス語で「短い(羊毛)」を意味するblouso
何にせよ、ここから転用されて、労働者が着るスモックのような服が英語で「ブラウス」となり、その後、婦人用の服へと転用されていった、という話らしい。
●この地名は古代エジプト語ではない。
冒頭の「バルスィー」は、おそらく説1に出てくるpelusiaのアラビア語読みとかではないかと思う。中世ならイスラーム支配下なので。
ということは、古代エジプトぜんぜん関係ない。
そして、そもそもの話をすると、ペルシウムは、名前の響きからして分かるとおり古代エジプト語ではない。
上エジプトの町ではなく、下エジプトの町で、ギリシャ人入植地として作られた町になる。(もしかたら上エジプトに同名の小さな町があったりするのかもしれないが、聞いたことがないし探しても出てこない)
街の起源じたいは古代エジプトに遡るかもしれないが、ギリシャ語からラテン語(ローマの言葉)にされた地名で残っているから、これが語源だとしても「ギリシャ語由来の中世エジプトの地名」としか言いようがないな…。
まあなんか、これをアラビア語が起源の物事に入れてとまうのは、だいぶ違う。
英語文献メインだとアラビアからの視点がわからないし、アラビア語文献メインだと英語資料では自明のことも見えなくなる。そういうことなのかなと思う。