ヨルダン周遊(3) 推し遺物に会いに行こう!

さて、アンマンで1日取ったのは、旧市街ぶらぶらしてみたかったのもあるが、博物館に行きたかったからではある。
国立博物館には、世界的に有名な偶像<アイドル>がいる。

そう―― アイン・ガザル出土の「双頭の像」だ!

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概要などはWikipediaあたりで適当につまめる。

写真は英語版Wikipediaのほうが豊富。

ヨルダン北部のアイン・ガザル遺跡から見つかった先史時代のもので、専門用語で言うとPPNC(Pre-Pottery Neolithic C)という時代のものになる。つまり「土器はまだ無いが、石器はそこそこ精密なやつを作ってた時代」のもの。年代はソースによってブレがあるが、学術的な調査ではだいたい紀元前6700~6500年くらい。農耕は既に始まっており、家畜も飼っていた

この像の特徴はなんといっても「双頭」であるところ。そして「意外なほどデカい」というところである。
漆喰と葦という素朴な素材で作られてることから、保存は想定されておらず目的は不明。頭は1つだが同様の像がおよそ三十ほど出土しており、何かの儀式用、もしくは故人の思い出のために作られたのではないかとされる。
実際、この像とともに見つかった埋葬では、頭蓋骨の上に漆喰を塗り重ね、生前の顔を再現しようとしたのではないかと思われるものがある。
ただ、当時の技術力ではあまりリアルな人間の顔は作れなかったようなのだが…。


この像があるのはヨルダン国内では二箇所。
城塞の丘にある「考古学博物館」と、市街地に新しくできた「新国立博物館」である。つまり二箇所回らないと関連遺物が全部見られない。

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ちなみに新国立博物館は日本からの円借款で作られているので、入り口にJICAのプレートがかけられている。
これを見て「日本国内の博物館が予算足りないのに他国に作るとは何事か!」みたいに白目を剥いて喚く人の大半は、そもそも日本国内でだって博物館めぐりなんてしていないし金を落としてもいないだろう。

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このヨルダンという国にある大きめでまとまった博物館は、実はこの二箇所しかない。
重要な遺跡・遺物がたくさんあるにも関わらず、ハコモノを作るノウハウとか予算がなくて、発掘した外国隊に取られてしまったり、あまり良くないコンディションで展示されてしまったり、というのは、途上国にはよくある。立派なハコモノはあるがハコを作りすぎて予算が回りきらない日本とは事情が全然違う。

実際、城塞の丘のほうにある考古学博物館のほうは、あまりにも小さいし古びていて、国を代表する博物館とはとても言えない設備だった。
そんなところに一級遺物が木枠とガラスの箱に収められてポソっとおいてあるのは、「えっこれ温度とか湿度の管理とかどうなってるん…」とか心配になるレベル。

JICAで支援したほうは、それほど広くはないが近代的な設備に鳴っていて安心。脆い素材でできているアイン・ガザルの像もきちんと保護されていて、裏面も見える展示になっていたので安心できた。

そして円借款とはお金貸してる状態である。発展したら返してね? というやつで、恩義を売ってる状態。
旅行記の(1)に書いたとおり、この国は位置的に「安定していてもらわないと困る」という政治的な事情がある場所なのだ。インフラ支援に金をつぎ込んでいるのはお隣のサウジなので、日本は文化のほうに投資するのは選択として妥当なのだ。



で、実際に見てみた感想は、やはり「でけぇな…」だった。
実際の人間と比べれば小さいものの、粘土や漆喰のような素材で作る像としては、デカすぎる。持ち運ぶことは考えていないし、家の中に飾るには邪魔すぎる。
作ってすぐ墓に収めているところからしても、古代エジプトで言う「カー(魂)の像」とか「身代わりの首」のような意味合いだったのだと思う。故人の姿を象ったのか、死後の世界に随伴させるための依代を作ったのかは分からないが、葬儀に関する何らかの思想なのだろう。

ただ双頭の像がある理由はマジよくわからん…。
表現されているものは双子なのか、夫婦や兄弟なのか。
わからないが、見ていると不思議な感覚に囚われる謎めいた像なのだった。


あと国立博物館には、実はエジプト関連の遺物も多くある。
なぜならヨルダンはレバント地方の一部で、エジプト文化圏に入っているからだ。
どう見てもハトホル様なアスタルテ女神とか、スカラベやヒエログリフ入りの指輪。デザイン崩壊した白冠をかぶったファラオの像。ものすごく寸胴になった神々の姿もあって結構笑える。ウロ覚え選手権みたいな…。それでもエジプトモチーフだなって分かるあたりがすごい。


また、イスラエルと国境を接しており、死海の半分はヨルダン側になることから、当然、聖書関連の遺物も多い。
本物の死海文書が見られるのも、新国立博物館に行くべき理由の一つである。

なお死海文書はアメリカやヨーロッパ諸国では人気の遺物であり、偽物も大量に出回っている(屋も取引で売買されているものはほぼ全部偽物)。
アメリカの聖書博物館に収められていたものについては、近年、全て偽物と判明して話題をさらった。だが、ヨルダンにあるものは本当に本物。現地で考古学者が見つけたやつなので。

まあ当たり前っちゃ当たり前なのだが、切れ端のような羊皮紙にヘブライ語が書かれているだけで装飾などは何もなく、ぱっと見は「メモ帳だなこれ」という感想だった。知識がなかったら、自分も大したものじゃないなと思って適当に観光客に売り飛ばすかもしれない。


それと、ここにしかない銅板の死海文書は必見と言っていい遺物だ。
これも概要は英語版Wikipediaで拾えるが、死海文書の中で唯一、薄い銅の板に文字が刻まれているという謎めいた品である。近くで見ると素直に「すげえな」としか言いようがない造形をしている。

隣の羊皮紙の死海文書とは、ぜんぜんオーラが違う。「刻んででも後世に残してやる」みたいな強い意志を感じるのである。
それもそのはず、この巻物の内容は文学作品等ではなく、資産の隠し場所リストなのだ。

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時代は1世紀頃で、誰が何のために作らせたのかは不明。ただ、当時のユダヤ人の誰かが、隠れ住む仲間たちのために溜め込んだ資産の在り処を銅板に刻んでおくとか、それだけで想像力を掻き立てられる。ちなみに、この巻物を元にした宝探しは全て失敗しているとのこと。もしかしたら今でもどこかに財宝が…?


博物館めぐりだけでも時間を費やす価値はある。
考古学とか文化とか興味ある人は、ぜひ訪れてみてほしい。


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余談だが、いまフランスのルーブルにある「メシャ碑文」のレプリカ、城塞の丘の考古学博物館と新国立博物館の両方に飾ってあって、なんとなく、返還してほしい未練がましいオーラを感じた(笑)

自国にちゃんとした博物館がないと、自国の一級遺物は海外に取られるままになるし、遺物の返還要求も出来ない。(なのでギリシャは気合い入れてイギリス以上の立派なハコを作った)
そんでハコが無ければ、逆に海外の一級遺物を貸してもらって自国で展覧会開くとかも出来ないんですよ。○○展、みたいな博物展示会が各地を巡回できる国はめちゃくちゃ恵まれてるんだ…恵みを享受している幸せは、その国にいると意外と気づかない。