おさらい部分は分かりやすい。「古代ゲノムから見たサピエンス史」

考古学者や歴史研究者が出してる古代人のDNA分析についての本はわりと見かけるけれど、分析メインでやってる理系ジャンルの人の出してる本ってあんまり見かけないな、と思っていたので、ちょっと読んでみた。
著者は縄文時代に詳しい人ではなく、縄文人のDNAを分析している、どっちかというと人類学とか生物化学の人である。

古代ゲノムから見たサピエンス史 (565) (歴史文化ライブラリー 565) - 太田 博樹
古代ゲノムから見たサピエンス史 (565) (歴史文化ライブラリー 565) - 太田 博樹

前半部分は、古代人のDNAを抽出・分析する技術がどう進歩してきたか、という業界の歴史部分。
恐竜のDNA抽出とか、古代エジプトミイラのDNA抽出とかの試みは、当時の記憶がある人ならどこかで聞いたことのあるだろう有名な話だが、若い世代だと知らないかもしれないので、おさらいに丁度いい。

(古代エジプトミイラという意味では、2005年から行われたツタンカーメンのミイラの分析が有名だと思う。あのあたりが、古代人のDNAが研究に使える、ということが一般にも広く知られたターニングポイントなのではと思っている。)

そして後半からは、著者が専門でやっている縄文人の分析についての話。
…なのだが、どうも後半になると歯切れが悪い。前半がこれまでのおさらい、後半が自分のやっている研究と日本の動向、という感じで分ければわかりやすかったのに、後半にまた最新の研究動向として、縄文人の話と混ぜて他の人の研究の話をしはじめるからややこしい。
同じ話/文章が何度も出て来たり、日本語がおかしくなっている場所があったりして、どうも校正が間に合わなかった感がある。

あとがきを読むに、一冊書き上げるのに時間をかけてしまったために何度も同じ話の繰り返しになったのかな…と思ったが、進歩の激しいこのジャンルで最新の情報をどこまで取り入れるかを考えだしたらそりゃキリがない。結論としてここに持っていく、と決めて軸をブレさせずに一気に書ききったほうが良かったのでは。と思った。
なので後半はなんとも歯切れの悪い内容になっているが、とりあえず、縄文人の分析が大変ということだけは分かった。

ただ気になったのは、「北回りルート」「南回りルート」という二通りにこだわりすぎているように思えたところ。
これは、途中に出てきた日本の研究者・海部氏が著書などでひたすら対立的に扱い続けてきた話だが、実際にはこの二つのルートは別に対立していないと思うし、日本に入るルートが二種類しかないわけでもない。ヒマラヤを越えるのが難しいから、その南と北を通ることになる、ってだけなので、ヒマラヤ北部から入って海沿いに南下するとかは全然アリ。そもそも古代世界に道路なんてものはない。そして行程も一直線である必要が無い。

あと、その海部氏はクラウドファンディグで一般人からお金を集め、実験考古学と称した考古学ではないエンタメをテレビ放映したイケてない学者さんである。(私もだいぶツッコみまくったが)
最後の方で日本の研究者の不遇を嘆いていたが、「名前の売れてる肩書のある学者が自説を強引に強調するために一般人騙すような真似してるから、理解が進まないんじゃないですかねえ…」と、ちょっと皮肉めいたことを思ってしまった。
あのクラファンで集めた金、エンタメに使わずに若手支援に使えれば、どれだけ助かった人がいるでしょうかね。


また、あとがきのほうで業界への愚痴を漏らしていたのも少しいただけなかった。
単純な批判や不満ではなかったけれど、ちょっとなぁ…と。

自分も、自分の属する業界には不満はあるし、改善すべき点も多々あると思っている。(人月計算で必要な人材切っちゃうとか、多重請負の闇とか、発注元の無理解とか色々。。。)
ただ、それは業界の外の人に言ったところでニュアンスが通じるわけがないし、説明も面倒くさいので言わない。
そもそも、自分のいる場所を快適にするのは自分自身であるべきで、他人に愚痴ったところで状況は変わらないのだ。文句は言うけど何も出来てません、などと漏らすのは、ぶっちゃけ自分が無能だと宣伝するようなものだと思う。

そもそも、どこの業界だって問題くらいある。それはその業界にいる人が改善しないと、ある日誰かがパッと解決してくれるなんてことはない。
その時の気分だったとしても、文字にして出版した愚痴は、その後、何十年にも渡って残ってしまう。将来の生徒や、そのジャンルに興味を持って志す人たちにまで読まれてしまう。

すべてのジャンルで、本を出す専門家の人たちは、そのへん意識したほうがいいと思うのだ。