トトメス3世「オロンテス川でゾウ狩ったで!」シリアにゾウはいるのか問題について

古代エジプトの王の一人、トトメス3世。エジプトのナポレオン、などという不名誉な名前で呼ばれることもあるが、とにかくそのくらい戦上手で若い頃は遠征しまくっていた王である。
その王が、シリアのオロンテス川のほとり、ニイ(ニヤ)という場所で「ゾウを120頭狩った」という記録がある。

頭数はいつものエジプト文脈で盛りに盛っていると思われるが、少なくともゾウ狩り自体は本当と思われる。
だが、紀元前1400年頃のシリアにゾウなんていたんか? という部分が、冷静に考えると引っかかる。だって…ゾウですよ奥さん。そんな遠くからでも目立つ集団が、狩られないわけないじゃないですか。古代世界の象牙の価値って黄金なみですもん。現代の密猟者の比じゃないくらい、みんな必死で狩りますよそんなん。

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↑テーベ/Rekhmireの墓に描かれたシリアの象

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↑ゾウ狩りの行われた地域

と、いうわけで、「シリアのゾウ」について、ちょっと調べてみた。
結論から言うと、二つの説がある。

【説1】古代からほそぼそ生き残っていた西アジア特有の集団。

【説2】後世にインドかアフリカから輸入され、保護区で人工的に繁殖させられていた集団。


どちらにしても、高価な生き物なので周辺の王家や有力者らよって保護され、儀式的に殺されていただろう、という説になっている。
場所的にどちらもありそうで、出土しているゾウのゲノム解析などしてみないと分からないのでは…とは思うが、説2の根拠となっているのは、象が継続的にこの地域で生息していた証拠がない、というものだ。

ゾウの集団が西アジアに生き残り続けていたのなら、有史以前から継続して骨なら象牙加工品なりが出続けないといけないが、そうではなく、20万年前から約3,500年前までの長い空白期間があり、その後は遺跡の王宮などから見つかるのが主になっているらしい。

The Elephants of the Orontes
https://journals.openedition.org/syria/5002

と、いうことは、元々この地域にゾウが生き残っていたとしてもとっくに絶滅して、あとから人為的に再導入された可能性がある。
ただしどちらにしても、ニヤ周辺はゾウの生息に適した地域だったはずだ、という。雨季には湖ができ、それ以外の季節でも湿原となっていた場所なので、ゾウの保護区を設定するには都合がいいのだという。

ゾウが常に囲われた場所に住んでいるのなら、儀式で狩りに行くにしても、象牙が必要になって取りに行くにしても、管理側にとっては都合が良かっただろう。
ただし、その紀元前700年頃には消滅してしまう。気候変動によって湿原が消えた、とされているが、時代的に、直接インドから輸入するほうが早いとみなされて保護区は必要なくなっていたのかもしれない。

ゾウの集団の起源や規模についてはさらなる研究が必要だろうが、いずれにしても、トトメス3世の頃のシリアにはゾウがいた、というところまでは確かなようだ。
現代の風景からは想像し難いものだが、シリアの湿原にゾウの群れが闊歩している情景は、ちょっと見てみたいなぁと思う次第。