西オーストラリア海中遺跡、約8.500年前のアボリジニ

オーストラリアでアボリジニの海中遺跡が見つかった、というニュースを見かけて、ん? と思ってよく読んだら、氷期の気候変動で海水面が低かった時期の海岸線のことらしい。

オーストラリアの最初の住民たちは海水面が下がって渡る距離が最大限に短くなっていた時期に、アジアの島嶼地帯から島伝いに船で渡ってきたとされる。なので最近、学者たちは海面の低かった時期の、既に水没している遺跡を探しているようなのだが、そのうちの一つになるらしい。

Ancient Aboriginal underwater site in Flying Foam Passage thought to be deepest in Australia
https://www.abc.net.au/news/2023-06-28/underwater-ancient-aboriginal-discovery-pilbara-wa/102529502

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明るいサンゴ礁だか、水深は14m。浅くはない。これも立派に水中考古学。
出てきたものは石器で、これよく水中で埋もれてるの見つけられるなっていつも感心する。

場所はここ。最初の移住者たちが渡ってきただろう北部に近い地域だが、今回は8,500年前とわりと最近。日本で言うと縄文時代。

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それにしても不思議に思うのは、今回のように1万年前より近い時代のものは基本的に明確に「アボリジニ」と書かれるのに、5万年前などり初期にオーストラリアに渡ってきた「最初の人々」は先住民とか、単に移住者と呼ばれることだ。
理由はわかる。さすがにそんなに前だと、彼らが現代に生きる「アボリジニ」と同一と言っていい人種・集団かどうかが定かではないからだ。
日本人だって、縄文人は祖先の一つでしかない。ましてや縄文時代の始まる以前の最初の移住者となると…。

少なくとも、民族集団という意味ではアボリジニと同一ではない可能性が高い。最初に渡ってきた集団が一つ限りだったとも思えず、複数回、小集団がやってきて、どこかで合流して一つになり、「我々」というアイデンティティを手に入れた時期があったはずだ。だが、それがいつだったのかはわからない。
つまり、「アボリジニ」という集団が誕生した時期は不明で、「移住者」と呼ぶか「アボリジニ」と呼ぶかの境目がはっきりしていない。
感覚的に、最終氷期以降の先住民はアボリジニと呼ばれることが多いような気がする。

最近はアボリジニの遺跡はアボリジニに権利を! みたいな運動があったり、遺物の人骨の返還訴訟があったりするので、そのあたり時代区分と権利関係が面倒くさそうだなあと思った。
…いや、数万年前の遺物に現代人がふつーに「子孫なので返してください!」とか言い出すからね? オーストラリアさん…。

↓去年の記事

4万年前の人骨は現代人の「祖先」と言えるのか。オーストラリアの「ムンゴ・マン」人骨、再埋葬されることに
https://55096962.seesaa.net/article/202204article_8.html