都市の誕生から現代まで、三千年の"時"を通史で語る「ダマスクス」

分厚い本なのだが、ぺらぺらめくっていると、やたらと本文内でエジプトに言及している箇所があって気になった。そんな感じで手に取った本、「ダマスクス」。タイトルどおり、現シリア・アラブ共和国の首都でもあるダマスカスという「街」についての通史である。この街の名前は、ダマスカス鋼などの言葉としても有名だが、意外と、その起源や歴史については知らないことが多かった。

ダマスクス 都市の物語 - ロス・バーンズ, 松原 康介, 松原 康介, 前田 修, 谷口 陽子, 守田 正志, 安田 慎
ダマスクス 都市の物語 - ロス・バーンズ, 松原 康介, 松原 康介, 前田 修, 谷口 陽子, 守田 正志, 安田 慎

この本の面白いところは、中心となるのが「街の歴史」、街という空間のこれまでの生涯とでもいうべきものを描いているところだ。紀元前のはるかな昔から、時代の区分を越えて現代へと至る道筋。もちろんシリアは「アラブの春」以降、最近までひどい内戦状態にあり、現在も平和に戻ったとはいい難い。そんな時代の中の最新の姿まで含めての通史である。

時代区分なく街を中心に描くということは、背景となる歴史的な出来事の描写は薄い。またダマスカスの街の重要度が低くなっていた時期の描写はごく短く、数百年が数十ページですっ飛ばされ、逆に重要な時代はみっちり一章かけて語られる。ある意味、珍しい書き方なのだが、街を定点観測していると、見えてくるものもある。
それは、街を中心とした人々の暮らしと、周辺地域との関わりだ。

エジプトがちょくちょく出てくるのも、近隣における無視できない大国だったからで、ダマスカス/シリアから見たエジプトは「そもそもダマスカスという名を最初に記録として残した国」であり、「かつての宗主国」であり、「オスマン支配を経ても独自性を失わず」、「近代に引かれた国境線で分けられた新興国ばかりの近隣の中で唯一、古代からの一貫性を持ち続けてきた地域」になる。
それは確かに無視できない。

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というか、「ダマスカス」の元となるタマスクという街の名に最初に言及するのがエジプトのアマルナ文書だというのは、なるほどなぁと思った。この言葉の意味はわからないらしいが、少なくともその当時からダマスカスの元となる集落があった。歴史はそこから始まる。その後はアラム人があり、アッシリアがやってきて、アレクサンドロスが遠征し、ローマに組み込まれ、アラブの一部となり、十字軍と戦い…と、街の周辺で歴史は流れてゆく。キリスト教徒主流からイスラム教徒主流へと住民が変わり、支配者が変わっても、街は放棄されることがなかった。

数千年前から現代に至るまで、切れ目なく人が住み続け、今も重要な街であるというのは珍しい。
日本では京都が似たようなポジションだろうが、人が住み始めてせいぜい千五百年なのでダマスカス五千年の歴史の半分にも満たない。
京都で同じような本を書いたとしても、ここまで分厚くはならないし、そもそも日本の都市だとここまでダイナミックに主流宗教や支配民族が変わることはない。

東地中海世界の都市は時代ごとに住民の種類が全然違うということが少なくないが、ダマスカスはまさにその典型で、積み重なる歴史の幅が非常に広く、関わっている歴史的な事件も時代背景もバラエティに富んでいる。逆に言えば、得意じゃない時代もけっこうあるので、通史を書くには相当の知識が必要だ。

私も、アッシリアのあたりと、十字軍以降のオスマン朝初期のあたりと、近代に至るまでのあたりは正直よくわからんかった…w
街を中心に語っているぶん、歴史描写があっさりしているので、基礎知識がない時代はいまいち理解が進まない。ある意味、読む人を選ぶ本でもあった。
ただ知らないことは調べればいいだけで、モンゴル軍が来た時のダマスカスの振る舞いなどは興味を惹かれた。どうも街によって降伏か徹底抗戦かが分かれていたようなので、今度ちゃんと調べてみようと思う。

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この本の最後は、2016年で終わっている。シリアがまだ混乱の中にあった時期だ。(今もそれよりマシになったとはいい難いが)
諸外国が、シリアにとって何が最善かを「よってたかって決めつけた時から」という言葉が胸に刺さった。駆け抜けた五千年の歴史と、その中で繰り返された数々の戦い、そのたびに復活を遂げたことを思いながら、この街の平穏を祈って本を閉じた。