サハラの岩絵、タッシリ・ナジェールとへンリ・ロートの探検による問題について

サハラ砂漠の真ん中辺り、リビアとアルジェリアの境目に位置する砂岩の渓谷に、先史時代以降の多数の岩絵が残されている。そのうちの代表的な場所がタッシリ・ナジェール(Tassili n'Ajjer)だ。

写真はググれば色々出てくる。 →参考;Wikipedia

で、ここの壁画について、「過去の探検家によってエジプト風の壁画が捏造されたことがある」という記事を見かけたので、ちょっと調べてみた。変な言い方だが、捏造というのはちゃんとやろうとすると非常に手間がかかり、技能も要るので、どうやったんだろうと思ったからだ。
結論から言うと、壁画を捏造したというよりは、報告の中に虚偽を混ぜた、というチョロい方法で、存在しない壁画の存在が報告の中にある、というやつだった。

さて問題の探検家は、フランス人のヘンリ・ロート(Henri Lhote)氏だ。

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この砂漠の遺跡が知られるようになった1900年代初頭、フランス人中尉シャルル・ブレナン氏が最初にスケッチを世に出す。その流れで、ブレナン氏の手引によって調査に訪れたのがロート氏だった。
彼は、1958年から1962年にかけてタッシリを訪れ、多数の壁画を記録し、パリで展示会を開く。これが火付けとなり、砂漠の岩絵は広く知られていくことになる。

ただし、ここに問題があった。

・岩絵を撮影するためにゴシゴシ洗浄。
 →大英博物館が、パルテノン神殿の大理石を白くするため色の痕跡を消し去ってしまったのも1930年台なので、その時代の常識ではこれはアリだったのかもしれない。でも現代の研究者からするとめっちゃ迷惑。

・解釈の中で、頭部が独特な人を「宇宙人の絵だ」と紹介してしまい、のちにデニケンなどオカルティストのイメージ操作に使わせてしまった
 →今でもたまにオカルト本に使われてるけど、そのルーツは100年前にあったらしい。まあ本職の研究者でもこのくらいの時代だとオカルティックな書き方してる人はいる

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・現地から多数の遺物を持ち去り、私物化した
→ヨーロッパによる植民地支配の時代は、多くの国で同様の被害が出ている。ロート氏が特別ひどいとはいい難い。

・書き写した線画にけっこう間違いがある
→これも時代的には仕方がない。エジプト壁画の模写もだいたい間違えている

・多くの絵画を捏造し、存在しないものを書き足した
→ここはアウト

いや、「時代的に仕方ないかな」とか「この時代はそういうのもアリだったんだろうな」とかは許すけど、ないものをあるって描いちゃったらそりゃダメよ。しかも一つ二つじゃないし。
線画の誤りは、「写真機なしに炎天下で書き写しただけでもすごいよ」ってなるけど、自説に合うように修正するとか、自分の偏見や倫理概念に従って書き足すとかはダメ。

そもそもなぜこの時代にフランス軍人が砂漠に入り込んでいたかというと、アルジェリアをフランスが植民地支配していたからなのだ。
そして時代柄、このロート氏もバリバリの偏見持ちで、地元民を見下していた。そのため、砂漠の壁画は地元オリジナルではなく、偉大な帝国だったエジプトからの影響があったとすべく、エジプト風の女神(The Bird-Headed Goddesses)やダンスシーンなどを報告資料に混ぜ込んだようなのだ。
だが、それらは線画にはあっても、実際の壁画として発見されていない。

つまり、これが捏造と確定していないのは、単純に「無かったものを無かったと証明するのが難しい」からと言える。
当時から今までの間に風化して消えてしまったり、どこか谷が崩落して見えなくなってしまった可能性もある。ただ、研究の中で岩絵は時代ごとに分類され、背景となる文化に即して描かれていったことが分かっているから、時代の流れにそぐわないものがいきなり登場すれば怪しいと思われる。

岩絵を世に知らしめた功労者ではあるし、砂漠のど真ん中にある岩絵を探しにいき、実際に見るというだけでもかなりの労力や体力を要することは、自分も岩絵探しの旅をしたことがあるからわかる。

  でも、それはそれとして やっちゃダメなことは確かにやっていた。

功罪のある人物、ということができよう。


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なお参考までに、本職の学者でも似たような偽造・捏造をやったケースが最近、報告されている。
こちらは、ロート氏と同じく存在しないものを存在したと報告したり、解釈を歪めただけではなく、自作の遺物すらも紛れ込ませようと試みていたので、より「ちゃんとした(手間の混んだ)捏造」と言える。

世界遺産チャタル・ホユック(チャタル・フユック)に関わる捏造疑惑が発覚
https://55096962.seesaa.net/article/201803article_13.html

パイオニアでありながら、再評価されて著しく評判を下げる人ってのもたまにいるのである。
それでも他の部分で評価されるべき、と言う人もいるが、ぶっちゃけこの手の捏造やっちゃう人は、やっていいことと悪いことの区別がついてないので他の部分もバレてないだけで怪しいと思っている。


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[>おまけ

功労者が罪人でもある事例

・クノッソス宮殿に見る過去の復元(再建)の問題点を軽くまとめてみた
https://55096962.seesaa.net/article/202004article_18.html

・シュリーマンの発掘記録と発見品にはどこまで嘘が含まれるのか。「黄金と偽りのトロイ」を読み返してみた
https://55096962.seesaa.net/article/201602article_6.html