宗教はどのように変化していくのか「古代イエラスル宗教史」
タイトルがいかにも面白そうだったので手に取ってみた。専門書なのでかなり内容が濃く、参考文献の補足などが巻末にどっさりついているので情報量も多い本だが、「原始宗教から世界宗教成立までの過程」をある程度追える、という意味では他になく、個人的にはなかなか面白かった。
古代イスラエル宗教史: 先史時代からユダヤ教・キリスト教の成立まで - ティリー,M., ツヴィッケル,W., 哲雄, 山我
イスラエルの宗教、というと大抵の人はユダヤ教を思い浮かべると思う。
しかしその宗教は、ある日ぽっと出てきたものではない。また、中心となるトーラーの成立から始まるわけではない。長い長い前段があり、この本はなんと一万年くらい前の原始宗教の時代からスタートする。
そのために、本の一番最初が「宗教とは何か」という章から開始されている。
宗教とはなにか。聖なる体験を通じた出会い。
それは古代に泥人形を象り、岩山に祭壇を築き、天体に祈りを捧げていた時代から始まる。経典や神殿、儀式様式が確立されていない時代から宗教は存在する。
ユダヤ教は巻の半分を過ぎてから出てくる終盤的な要素であり、そのユダヤ教も実態としてかなり長いこと「多神教」のままだった。その多神教の内容は、周辺文化圏の様々な要素になっている。
イスラエルは地理的にエジプトとメソポタミア、時代によってはヒッタイトやローマといった大国に囲まれる場所にある。そのため、段階に応じて近隣の影響を受けている。地理的に近い地域ほど強い影響を与えていて、ウガリット神話で有名なレヴァントの伝統的な神々、エジプト、メソポタミア南部、沙漠のナバタイ人の神々、さらに遠いところではインドの神々の名前すら出てくる。また紀元前後までいくとギリシャ・ローマの神々も入りまじる。
のちに一神教としてヤハウェのみが崇められるようになるまでの長い期間、それら外部の神々がどのように招聘され、どう消えていったのかを眺めてみることも楽しい。個人的には、当初は古代エジプトの神々と同じように「象徴動物」を伴って表現されていたヤハウェが、偶像を失った時代というのが面白かった。途中の時代まで、力の象徴としての雄牛で代理表現されていたのが偶像批判を受けて像が廃棄されたらしいのだ。
さて、この本の特徴だが、「聖書」を代表とする文書記録よりは、考古学資料を重視しているということが挙げられる。
今となっては当たり前だが、旧約聖書は歴史的な記録としては信ぴょう性がない。いわば伝説的な事柄を編纂したものである。なので、宗教史を追う意味では限定的な使い方しかできない。
また、宗教の始まりとなる時代には文書記録がないし、古い時代における記録がよく残っているのは、イスラエル地域よりは周辺のエジプトやメソポタミアになる。考古学資料を使わないと実際のところが見えてこないのだ。面白いところだと、エジプトに移住したユダヤ人が残した大量の文書「エレファンティネ・パピルス」が扱われている。
これは以前、概要をまとめたページを作ってある。
多言語のパピルス資料「エレファンティネ・パピルス」
https://55096962.seesaa.net/article/201907article_21.html
考古学資料から描き出されるイスラエルの古代宗教の姿は、旧約聖書に描かれるほどストイックな一神教ではない。
というより、それは出来なかった。
なぜなら、ユダヤ人以外の諸民族が多く住む地域でもあったからだ。
この視点は、「ユダヤ教」という一種類の宗教だけの視点で見ていては出てこない。イスラエル地域を「地域」という土地の範囲で考えてはじめて出てくる。
人の出入りが多く、多民族が共存する以上、一神教と異教との共存期間は長かった。当然、両者はちょくちょく混交する。ヤハウェの当初の役割は多神教で言う「最高神」のポジションで、妻が設定されていた時代さえあった。
宗教の衝突が起きていなかった時代があったという事実。この本の趣旨からは外れるかもしれないが、多文化・多宗教の衝突の多い現代人は意味を持って受け止めておくべきだと思うのだ。
古代イスラエル宗教史: 先史時代からユダヤ教・キリスト教の成立まで - ティリー,M., ツヴィッケル,W., 哲雄, 山我
イスラエルの宗教、というと大抵の人はユダヤ教を思い浮かべると思う。
しかしその宗教は、ある日ぽっと出てきたものではない。また、中心となるトーラーの成立から始まるわけではない。長い長い前段があり、この本はなんと一万年くらい前の原始宗教の時代からスタートする。
そのために、本の一番最初が「宗教とは何か」という章から開始されている。
宗教とはなにか。聖なる体験を通じた出会い。
それは古代に泥人形を象り、岩山に祭壇を築き、天体に祈りを捧げていた時代から始まる。経典や神殿、儀式様式が確立されていない時代から宗教は存在する。
ユダヤ教は巻の半分を過ぎてから出てくる終盤的な要素であり、そのユダヤ教も実態としてかなり長いこと「多神教」のままだった。その多神教の内容は、周辺文化圏の様々な要素になっている。
イスラエルは地理的にエジプトとメソポタミア、時代によってはヒッタイトやローマといった大国に囲まれる場所にある。そのため、段階に応じて近隣の影響を受けている。地理的に近い地域ほど強い影響を与えていて、ウガリット神話で有名なレヴァントの伝統的な神々、エジプト、メソポタミア南部、沙漠のナバタイ人の神々、さらに遠いところではインドの神々の名前すら出てくる。また紀元前後までいくとギリシャ・ローマの神々も入りまじる。
のちに一神教としてヤハウェのみが崇められるようになるまでの長い期間、それら外部の神々がどのように招聘され、どう消えていったのかを眺めてみることも楽しい。個人的には、当初は古代エジプトの神々と同じように「象徴動物」を伴って表現されていたヤハウェが、偶像を失った時代というのが面白かった。途中の時代まで、力の象徴としての雄牛で代理表現されていたのが偶像批判を受けて像が廃棄されたらしいのだ。
さて、この本の特徴だが、「聖書」を代表とする文書記録よりは、考古学資料を重視しているということが挙げられる。
今となっては当たり前だが、旧約聖書は歴史的な記録としては信ぴょう性がない。いわば伝説的な事柄を編纂したものである。なので、宗教史を追う意味では限定的な使い方しかできない。
また、宗教の始まりとなる時代には文書記録がないし、古い時代における記録がよく残っているのは、イスラエル地域よりは周辺のエジプトやメソポタミアになる。考古学資料を使わないと実際のところが見えてこないのだ。面白いところだと、エジプトに移住したユダヤ人が残した大量の文書「エレファンティネ・パピルス」が扱われている。
これは以前、概要をまとめたページを作ってある。
多言語のパピルス資料「エレファンティネ・パピルス」
https://55096962.seesaa.net/article/201907article_21.html
考古学資料から描き出されるイスラエルの古代宗教の姿は、旧約聖書に描かれるほどストイックな一神教ではない。
というより、それは出来なかった。
なぜなら、ユダヤ人以外の諸民族が多く住む地域でもあったからだ。
この視点は、「ユダヤ教」という一種類の宗教だけの視点で見ていては出てこない。イスラエル地域を「地域」という土地の範囲で考えてはじめて出てくる。
人の出入りが多く、多民族が共存する以上、一神教と異教との共存期間は長かった。当然、両者はちょくちょく混交する。ヤハウェの当初の役割は多神教で言う「最高神」のポジションで、妻が設定されていた時代さえあった。
宗教の衝突が起きていなかった時代があったという事実。この本の趣旨からは外れるかもしれないが、多文化・多宗教の衝突の多い現代人は意味を持って受け止めておくべきだと思うのだ。