プトレマイオス朝エジプトの法制度とヘレニズム式統治のやり方「民衆たちの嘆願」
さいきん面白い古代エジプト本にあまり出会えていないのだが、この本はなかなか面白かった。
プトレマイオス朝(紀元前305年~紀元前30年)のエジプト統治中に書かれて残っているパピルス文書のうち、「嘆願」というジャンルに属するものを分析したものである。
民衆たちの嘆願 ―ヘレニズム期エジプトの社会秩序 - 石田真衣
まずここで前提知識の説明をする。
プトレマイオス朝はギリシャ系の外来王によって統治された期間だ。
すでにそれ以前からギリシャ系の住民は多数移住してきていたが、各地に分散して暮らしており、土着民との融合が進んでいる時代になる。
政治体系は新しくなっているが、ギリシャ系の住民は少数派で、ギリシャ式の統治を押し付けるわけにもいかない。そのため、用語としてはギリシャ語だが実態は古来からの伝統的な土着のやり方に近い、という面白い政治体系になっている。
端的に言うと、「コマルケス」というギリシャな名前のついてる村長官は、昔ながらの「村の相談役」のポジションで、お上に送り込まれたギリシャ人ではなく土着の有力一族だったとされる。
なお、公式文書はギリシャ語もしくは古代エジプト語の走り書き文字であるヒエラティックのいずれかで書かれている。
人物名も、時代が進むと、ギリシャ語名とエジプト語名を両方持つ人物が多くなり、どちらのルーツも持っている人々が増えたことを意識させてくれる。
で、その時代に盛んに行われていた「嘆願」という行為がある。
これは、古くは「雄弁な農夫の物語」という物語で知られるものと同じだ。有名な古代エジプト文学なのであらすじなどは検索すれば出てくると思うが、いちおう文献も紹介しておく。
エジプト神話集成 (ちくま学芸文庫) - 勇, 杉, 禎亮, 屋形
この物語、農夫というタイトルがつけられているが主人公は実際は行商人に近く、オアシス地域から行商に出てきたところを荷物や商品を強奪され、泣き寝入りするわけにもいかず地元の有力者に訴え出て裁きを要求するというものになっている。
「嘆願」とはこのように、「有力者に対して対処を訴え出る」行為を指す。財産や土地に関する揉め事、暴力沙汰、権利の侵害に関するものなどが多く、嘆願する者は農民から軍人、役人や神官など社会のありとあらゆる階層の人々が行っている。これが膨大な数のパピルス文書として残されているので、なかなか研究しがいのありそうな分野なのだ。
裁判所への告訴に近いものがほとんどだが、直接裁判所に届け出るのではなく、有力者に「嘆願」するという形で文書が提出されるのが特徴的だ。しかも個人間の争いであっても宛先が「王」になっていたりする。
実際に処理するのは州知事など下の階級になるのだが、嘆願された内容に対してちゃんと応答がなされ、対処によって裁判所への出廷が求められたり、村役人が仲裁に入ったりと様々。
嘆願書の内容から見えてくるのは、プトレマイオス朝の統治は決して「少数のギリシャ系役人によるエジプト人の強制統治」などではなく、元々あった土着の慣習に則ったもの、という実態が見えてくる。その中で、エジプト式のやり方とギリシャ的なやり方が融合する。まさに「ヘレニズム」の概念そのものなのだ。
面白いのは、この「嘆願」の実例を見る限り、移住してきたギリシャ人たちはエジプトの慣習法に従っていたらしいところである。具体的には、ギリシャでは認められていなかった女性単独の財産所有権や相続権が認められている。(エジプトでは、伝統的に女性も相続人になれるシステムがある)
また裁判所の最低に従わない者を神殿に連れて行って宣誓させろ、としているところも面白い。裁判所の裁定からは逃げられても、神罰は怖いのだ。神の前の宣誓のほうが拘束力が強いのは、信仰に重きをおいていたエジプト人らしさがある。
なお、この本の後ろのほうは膨大な参考文献リストになっているが、だいたいパピルスの番号になっている。
以下のサイトで番号打ち込むと書き起こされた全文が出てくるので、もうちょっと詳しく知りたい時はここにいくといい。便利な時代になり申した。
https://papyri.info/
プトレマイオス朝(紀元前305年~紀元前30年)のエジプト統治中に書かれて残っているパピルス文書のうち、「嘆願」というジャンルに属するものを分析したものである。
民衆たちの嘆願 ―ヘレニズム期エジプトの社会秩序 - 石田真衣
まずここで前提知識の説明をする。
プトレマイオス朝はギリシャ系の外来王によって統治された期間だ。
すでにそれ以前からギリシャ系の住民は多数移住してきていたが、各地に分散して暮らしており、土着民との融合が進んでいる時代になる。
政治体系は新しくなっているが、ギリシャ系の住民は少数派で、ギリシャ式の統治を押し付けるわけにもいかない。そのため、用語としてはギリシャ語だが実態は古来からの伝統的な土着のやり方に近い、という面白い政治体系になっている。
端的に言うと、「コマルケス」というギリシャな名前のついてる村長官は、昔ながらの「村の相談役」のポジションで、お上に送り込まれたギリシャ人ではなく土着の有力一族だったとされる。
なお、公式文書はギリシャ語もしくは古代エジプト語の走り書き文字であるヒエラティックのいずれかで書かれている。
人物名も、時代が進むと、ギリシャ語名とエジプト語名を両方持つ人物が多くなり、どちらのルーツも持っている人々が増えたことを意識させてくれる。
で、その時代に盛んに行われていた「嘆願」という行為がある。
これは、古くは「雄弁な農夫の物語」という物語で知られるものと同じだ。有名な古代エジプト文学なのであらすじなどは検索すれば出てくると思うが、いちおう文献も紹介しておく。
エジプト神話集成 (ちくま学芸文庫) - 勇, 杉, 禎亮, 屋形
この物語、農夫というタイトルがつけられているが主人公は実際は行商人に近く、オアシス地域から行商に出てきたところを荷物や商品を強奪され、泣き寝入りするわけにもいかず地元の有力者に訴え出て裁きを要求するというものになっている。
「嘆願」とはこのように、「有力者に対して対処を訴え出る」行為を指す。財産や土地に関する揉め事、暴力沙汰、権利の侵害に関するものなどが多く、嘆願する者は農民から軍人、役人や神官など社会のありとあらゆる階層の人々が行っている。これが膨大な数のパピルス文書として残されているので、なかなか研究しがいのありそうな分野なのだ。
裁判所への告訴に近いものがほとんどだが、直接裁判所に届け出るのではなく、有力者に「嘆願」するという形で文書が提出されるのが特徴的だ。しかも個人間の争いであっても宛先が「王」になっていたりする。
実際に処理するのは州知事など下の階級になるのだが、嘆願された内容に対してちゃんと応答がなされ、対処によって裁判所への出廷が求められたり、村役人が仲裁に入ったりと様々。
嘆願書の内容から見えてくるのは、プトレマイオス朝の統治は決して「少数のギリシャ系役人によるエジプト人の強制統治」などではなく、元々あった土着の慣習に則ったもの、という実態が見えてくる。その中で、エジプト式のやり方とギリシャ的なやり方が融合する。まさに「ヘレニズム」の概念そのものなのだ。
面白いのは、この「嘆願」の実例を見る限り、移住してきたギリシャ人たちはエジプトの慣習法に従っていたらしいところである。具体的には、ギリシャでは認められていなかった女性単独の財産所有権や相続権が認められている。(エジプトでは、伝統的に女性も相続人になれるシステムがある)
また裁判所の最低に従わない者を神殿に連れて行って宣誓させろ、としているところも面白い。裁判所の裁定からは逃げられても、神罰は怖いのだ。神の前の宣誓のほうが拘束力が強いのは、信仰に重きをおいていたエジプト人らしさがある。
なお、この本の後ろのほうは膨大な参考文献リストになっているが、だいたいパピルスの番号になっている。
以下のサイトで番号打ち込むと書き起こされた全文が出てくるので、もうちょっと詳しく知りたい時はここにいくといい。便利な時代になり申した。
https://papyri.info/