盗難事件で揺れる大英博物館、そのコレクションと研究の物語。
大英博物館で職員が遺物を盗難して売りさばいていた、しかも何年も前からーー。
これは衝撃的というより「情けない」というべき事件だと思っているのだが、「盗難品で作られた博物館で盗難が起きるのはなにかのギャグなのか」というつまらないコメントで盛り上がっているSNSの状況もちょっとどうかと思うのだ。
まず、大英博物館のコレクションの大きな部分は以下の3つで構成されている。
①有力者、コレクターからの寄贈品
②目利き職員の現地買付
③大英博物館自身の発掘
「盗掘品」や「盗難品」というカテゴリはない。
頻繁に返還要求が出ているから、違法に持ち出されたものがあるんだろうとふんわり認識している人も多そうなのだが、まずここは言っておきたい。
大英博物館のコレクションは、ヨーロッパ列強の他博物館と同じ方法で形成されている。
つまり大英博物館自体に問題があるというよりは、18世紀から20世紀初頭あたりの先進国博物館の倫理観自体の問題なのだ。
①については、大英博物館がページを公開していてなかなかおもしろいので見てみてほしい。
個人コレクターが買い求めた品が、「xxコレクション」という名前で収蔵されている。これらは、コレンターの死後に大英という大きなハコが受け入れていなければ、散逸してしまっていたと思われる。
https://www.britishmuseum.org/about-us/british-museum-story/people-behind-collection
②は、実態としては①とあまり変わらない。
エジプト遺物の場合は、「あのヨーロッパ人は金を持っている」という噂が現地で広まると、渡航中に現地民がどこからともなく持ち出した価値の有りそうな遺物を持ち込んで買い取ってもらおうとする。あとは目利きさえできれば良いものがいくらでも手に入る。
ただし、ここも盗難と批判されるに近いことはやっていた。たとえば、エジプトのコプト教寺院はコプト語の古文書を強引に買い取りされることがあり、シナイ半島の聖カトリーナ修道院などは、"貸した"はずのパピルスが、買い取りしたことにされてそのまま持ち去られてしまったという事例もある。
ただ、これも買い取りしていなければ散逸するか、世に出ることがなく研究が進まなかった可能性があり、そうした「功」の部分と、金目当ての盗掘を助長してしまった「罪」の両側面があると思われる。
一番の問題は、③の部分だ。
大英博物館が主導してエジプトで実施した発掘があるのだが、エジプトの場合だと、発掘品のうち良いものを持ち去ることが当たり前に行われていた。そして、植民地支配していた時代に軍関係者が好き放題やっている片棒を担いでいて、発掘と言うより盗掘まがいのケースが確かにある。
ギザのピラミッドの入り口を探すためにダイナマイトを仕掛けて爆破したり、秘密の隠し部屋を探してスフィンクスにドリルで穴を開けたり、といった、今では考えられないような無茶苦茶も、19世紀には普通にやられていた。
ここの部分は援護のしようがない。こうした手法で植民地や属国から持ち去られた遺物についてだけは、批判されて然るべきかと思う。
ちなみに、これは、現代の倫理観と比較しているから強引に見える、とかいう話でもない。
19世紀当時でも、カイロ博物館の前身となるブーラク博物館の館長をつとめたフランス人ガストン・マスペロも、エジプト学の父と言われるフリンダース・ピートリも、エジプトから遺物が持ち出され続けていることに危機感は持っていたし、ヨーロッパ列強が競って「良いもの」を奪い合う状況を批判してもいる。
当時としてもおかしいと思われていたわけだが、大英博物館は大義名分を振りかざし、膨大なコレクションを形成していった。
それを研究し、学問として昇華させ、世間に還元するという名目のもとに。ただし当初、その「世間」には、遺物の原産国は入っていなかったのだが。
最も、この強引なコレクション形成のお陰で我々マニアが恩恵を預かっているのは事実である。
大英博物館の職員で、エジプトコレクションの多くを買付けたウォーリス・バッジという人物がいた。この人物がほぼ完全な「死者の書」を手に入れてくれたおかげで古代エジプト人の死後の世界についての研究が進んだし、大英博物館のオンラインショップで英語の完訳本を通販できる。
単にコレクションとして持っているだけでなく、膨大な文書を翻訳して代第的に出版できる力のある博物館の手に入ったからこそ、この便利さがある。
他のジャンルでも同様の事例はあるだろう。大英博物館がコレクションを貪欲に収集したおかげで守られた文化、明らかにされた事実、知ることの出来た知識もある。今回の事件は批判されて然るべき惨事だが、この世界随一の巨大博物館が今日まで維持され続けてきたことについては、功績を認めるべきだと自分は思う。
なお余談だが、こんな援護っぽいことを言っているが、中の人は大英博物館があまり好きではない。
何故かというと、コーヒーショップの掃除が行き届いておらず、カフェのサンドイッチが不味かったからである。
通販ショップやカタログサイトは散々利用させていただいているが、それでも、あのコーヒーショップのクソさはいただけないよ…他に飯食うとこもないのにアレはないよ…。食に関してはメトロポリタンのほうが全然マシだったぞ。
でかい博物館に一日籠もる遺物マニアとしては、盗品云々の前にまず、鑑賞環境がよくないことに文句を言うべきなんだよ。
これは衝撃的というより「情けない」というべき事件だと思っているのだが、「盗難品で作られた博物館で盗難が起きるのはなにかのギャグなのか」というつまらないコメントで盛り上がっているSNSの状況もちょっとどうかと思うのだ。
まず、大英博物館のコレクションの大きな部分は以下の3つで構成されている。
①有力者、コレクターからの寄贈品
②目利き職員の現地買付
③大英博物館自身の発掘
「盗掘品」や「盗難品」というカテゴリはない。
頻繁に返還要求が出ているから、違法に持ち出されたものがあるんだろうとふんわり認識している人も多そうなのだが、まずここは言っておきたい。
大英博物館のコレクションは、ヨーロッパ列強の他博物館と同じ方法で形成されている。
つまり大英博物館自体に問題があるというよりは、18世紀から20世紀初頭あたりの先進国博物館の倫理観自体の問題なのだ。
①については、大英博物館がページを公開していてなかなかおもしろいので見てみてほしい。
個人コレクターが買い求めた品が、「xxコレクション」という名前で収蔵されている。これらは、コレンターの死後に大英という大きなハコが受け入れていなければ、散逸してしまっていたと思われる。
https://www.britishmuseum.org/about-us/british-museum-story/people-behind-collection
②は、実態としては①とあまり変わらない。
エジプト遺物の場合は、「あのヨーロッパ人は金を持っている」という噂が現地で広まると、渡航中に現地民がどこからともなく持ち出した価値の有りそうな遺物を持ち込んで買い取ってもらおうとする。あとは目利きさえできれば良いものがいくらでも手に入る。
ただし、ここも盗難と批判されるに近いことはやっていた。たとえば、エジプトのコプト教寺院はコプト語の古文書を強引に買い取りされることがあり、シナイ半島の聖カトリーナ修道院などは、"貸した"はずのパピルスが、買い取りしたことにされてそのまま持ち去られてしまったという事例もある。
ただ、これも買い取りしていなければ散逸するか、世に出ることがなく研究が進まなかった可能性があり、そうした「功」の部分と、金目当ての盗掘を助長してしまった「罪」の両側面があると思われる。
一番の問題は、③の部分だ。
大英博物館が主導してエジプトで実施した発掘があるのだが、エジプトの場合だと、発掘品のうち良いものを持ち去ることが当たり前に行われていた。そして、植民地支配していた時代に軍関係者が好き放題やっている片棒を担いでいて、発掘と言うより盗掘まがいのケースが確かにある。
ギザのピラミッドの入り口を探すためにダイナマイトを仕掛けて爆破したり、秘密の隠し部屋を探してスフィンクスにドリルで穴を開けたり、といった、今では考えられないような無茶苦茶も、19世紀には普通にやられていた。
ここの部分は援護のしようがない。こうした手法で植民地や属国から持ち去られた遺物についてだけは、批判されて然るべきかと思う。
ちなみに、これは、現代の倫理観と比較しているから強引に見える、とかいう話でもない。
19世紀当時でも、カイロ博物館の前身となるブーラク博物館の館長をつとめたフランス人ガストン・マスペロも、エジプト学の父と言われるフリンダース・ピートリも、エジプトから遺物が持ち出され続けていることに危機感は持っていたし、ヨーロッパ列強が競って「良いもの」を奪い合う状況を批判してもいる。
当時としてもおかしいと思われていたわけだが、大英博物館は大義名分を振りかざし、膨大なコレクションを形成していった。
それを研究し、学問として昇華させ、世間に還元するという名目のもとに。ただし当初、その「世間」には、遺物の原産国は入っていなかったのだが。
最も、この強引なコレクション形成のお陰で我々マニアが恩恵を預かっているのは事実である。
大英博物館の職員で、エジプトコレクションの多くを買付けたウォーリス・バッジという人物がいた。この人物がほぼ完全な「死者の書」を手に入れてくれたおかげで古代エジプト人の死後の世界についての研究が進んだし、大英博物館のオンラインショップで英語の完訳本を通販できる。
単にコレクションとして持っているだけでなく、膨大な文書を翻訳して代第的に出版できる力のある博物館の手に入ったからこそ、この便利さがある。
他のジャンルでも同様の事例はあるだろう。大英博物館がコレクションを貪欲に収集したおかげで守られた文化、明らかにされた事実、知ることの出来た知識もある。今回の事件は批判されて然るべき惨事だが、この世界随一の巨大博物館が今日まで維持され続けてきたことについては、功績を認めるべきだと自分は思う。
なお余談だが、こんな援護っぽいことを言っているが、中の人は大英博物館があまり好きではない。
何故かというと、コーヒーショップの掃除が行き届いておらず、カフェのサンドイッチが不味かったからである。
通販ショップやカタログサイトは散々利用させていただいているが、それでも、あのコーヒーショップのクソさはいただけないよ…他に飯食うとこもないのにアレはないよ…。食に関してはメトロポリタンのほうが全然マシだったぞ。
でかい博物館に一日籠もる遺物マニアとしては、盗品云々の前にまず、鑑賞環境がよくないことに文句を言うべきなんだよ。