女王陛下はワインがお好き。第一王朝・メリト・ネイト女王の墓所調査

第一王朝、ジェル王の王妃メル・ネイト、またはメリト・ネイト(Mer-neith/Meryt-Neith)の墓の最近の調査で、大量のワイン壺が見つかったという話が出ていた。あの墓ってもう掘り尽くしたのかと思ってたらまだ掘ってないとこあったんかい。

5,000-year-old wine for Egyptian queen
https://medienportal.univie.ac.at/en/media/recent-press-releases/detailansicht-en/artikel/5000-year-old-wine-for-egyptian-queen/

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ワイン壺といえば、黎明期の初代王スコルピオンの墓からも大量のワインが見つかっている。
というか墓の中がワインだらけですさまじいことになっている。

もしかして: 古代エジプト初代王、めっちゃ酒飲みだった
https://55096962.seesaa.net/article/201805article_23.html

さすがに下戸の墓にワイン入れないだろうから、きっとワイン好きだったのだと思うのだけれど、この頃の王家はもしかしたら酒豪の血筋だったりしたのかもしれない。
なお、ワイン壺の中からは大量のぶどうの種も出ているようで、おそらく種だけ濾し取るということをせず潰して発酵させただけのシンプルな酒だったのだと思う。アルコール度数的には現代のものより低かったはずだ。

ちなみにこの王妃は、墓の規模などから「王妃】ではなく実験を握った「女王」だったのでは、という説が昔からあった。今回の発掘結果からしても過去の王たちに遜色ない内容の副葬品がありそうなので、女王だった可能性は高まりそう。
また墓の周囲に埋められていた40人ほどの人たちについて、殉死者ではないかとされていたが、墓が一気に作られたわけではなさそうというのも分かってきていて、埋められた時期が違う=殉死ではなく家臣が死ぬたびに周囲に埋めていった、という可能性が高くなりそう。

第一王朝の殉死とされてきた家臣墓については、どこまで王と同時に埋められたのかが議論されてきた。王が死ぬたびに毎回何十人も殺してたら家臣の数がまにあわんだろ、という根本的なツッコミもあったのだが、やっぱりそっち方向かあ…という感じ。

※以前まとめた記事はこちら

古代エジプトの殉死の習慣についての情報とりまとめ
https://55096962.seesaa.net/article/202008article_17.html

明らかに殺されてる家臣もいるようなので殉死の習慣自体はあったのだとして、どこまで王と同時に死んでて、どこからがあとから追加した墓なのかの再検討は必要になりそうかな。発掘はまだ続くみたいなので、思いだした時に追っていこうかなと思う。