伝承はイスラエルが豊かなエジプトに来たところから。歴史の皮肉と繰り返し

最近のニュースでガザ地区からエジプトへの避難の話が出てきて、歴史の皮肉だなあとちょっと思ってしまった。
旧約聖書といえば「出エジプト」、つまりエジプトからの脱出が有名だが、そもそもその前にどうやってエジプトに来たのか。
祖先となるのは「イスラエル」の名を天使から授かったヤコブの息子で、ヨセフという人。彼が兄たちによって奴隷商人に売られ、エジプトに来たところから話は始まる。

ヨセフは神の加護で成功をおさめ、ファラオのもとで高官に成り上がる。そこへ、飢饉で食べるもののないパレスチナから兄たちが穀物を買いにやって来る。色々あってヨセフは身分を明かし、兄たちも含む一族を呼び寄せて豊かなエジプトで暮らすようになる。そうしてエジプトでイスラエルの民が増えていくことになるのだった。

しかし、ここに出てくる「イスラエルの民」とは、現在の国であるイスラエルとは違う。実際には南パレスチナであり、歴史書ではパレスチナ人と書かれている。
エジプトの記録で「イスラエル」という言葉が出てくる最古の記録は第19王朝のメルエンプタハ王の時代の石碑だが、実際にパレスチナから多数の移民があり、文化的にも関連性が深かったと思われるのが、第13王朝から16王朝あたり。ざっくり紀元前1800年から1500年あたりになる。第13王朝の頃で、エジプトの東デルタ(シナイ半島と接するナイルデルタの東側)にパレスチナ文化とエジプト文化の融合した集落跡などが発掘されている。

ちなみに第15王朝の支配者層だったヒクソス人も、文化的にはカナン人=南パレスティナ人の系統であり、現在のガザ地区からこの時代の遺物が出てきている。

[>参考
ヒクソス王朝のスカラベは字がお下手。第二中間期の「ヒクソス・スカラベ」について
https://55096962.seesaa.net/article/500865961.html

現在の、国としてのイスラエルを世界各国に離散していたユダヤ人が帰還して生まれた移住者たちの国と見るならば、古代エジプトの歴史と関連があり、旧約の伝承でエジプトに移住してから戻ってきたとされる人々の子孫に近いのは、長らくそこにすみ続けてきた「それ以外の人々」、要はパレスチナ人と呼ばれている人々のほうではないかと思うのだ。
その人々が家族を連れてエジプトに逃れているさまは、伝承の始まりの「エジプトへの移住」のシーンの再現でもある。

そして、移住した人々は今、エジプトを含む近隣諸国に多くいて、帰還の日をひたすら待っている。
もし帰還が叶うなら、第二の「出エジプト」なり「出ヨルダン」や「出シリア」が発生するかもしれないところだ。まあなんとも皮肉を感じてしまう。
神話では増えすぎたイスラエルの民はエジプトで酷使されたことになっている。さすがに現代では難民が鞭打たれることもないのだろうが、難民キャンプにいる間は仕事がないだけ古代より状況は悪いとも言える。そして国境がフェンスに閉ざされて自由に越えられず、そのフェンスを割ってくれる神の奇跡がもう無いというところもさらに悪い。

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奇跡に頼れない以上、現代のパレスチナの民は、古代のイスラエルの民以上の苦悩を味わっていることだと思う。多くの国の利害が絡み、正義より大義名分の優先される世の中において、この状況を変えることは簡単ではない。しかし、人間自身のかけた呪いは人間が解くしか無い。そのことを、ずっと考えている。