「文化の起源」の公式設定、起源はいかに作られるのか

一昔前のインターネット上のスラング的なものに、ウリジナルというものがあった。韓国が起源だと無理のある主張をする行為に対する嘲笑的なスラングで、あまりいいものではないのだが、さすがにソメイヨシノなど明らかに日本のものを韓国起源だと主張するのは笑われても仕方ない部分があったと思う。

ただ、そうした無理くりな「起源主張」は実は韓国だけの問題ではない。というか新興国ではわりとよく見かけるものである。
わかりやすいところがエチオピアの「コーヒーの起源」である。

コーヒー発祥地?の博物館公開 エチオピアのカファ県
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG15HA7_W5A110C1000000/

これは、エチオピアの「カファ」県が、カフェという言葉の起源は自分とこなのでコーヒーはうちが起源です。と主張して、博物館まで建ててしまったという話しである。
だが、カフェが「カファ」から来ているというのは俗説に過ぎず、アラビア語が起源である。というか植物としてのコーヒー豆はたしかにエチオピアで昔から食用にされてきたが、炒り豆にしたものを飲む現在のコーヒー文化はアラビア起源(正確には対岸のイエメン)なので、そもそも「コーヒー」としてエチオピアが起源を主張するのがおかしいんである。

だが、現在エチオピアはコーヒー豆が主要輸出物であることもあり、国を挙げての「コーヒーの起源地」という売り出し方をしている。
中の人もかつてエチオピアに行った時、観光客向けのコーヒーセレモニーに参加した。

コーヒー豆(アラビカ種)の原産国で、コーヒーセレモニーを体験しに行く
https://55096962.seesaa.net/article/201905article_10.html

ただ…そもそもエチオピア起源の文化ではなく、近代になって輸入されたものなので、非常にペラいのである…。
茶器は全て中国製の輸入品。お茶請けはポップコーン(!)。トウモロコシはもちろん南米の作物だ。コーヒーを炒ったあと、その焚き火で同時に作れるから便利らしい。コーヒーの淹れ方は雑で、作法とかはない。飲みながら駄弁るのが本体であり、セレモニーと大げさな名前をつけられているが、地元の農民が農作業の合間に一服するのに定着した習慣という雰囲気だった。

その状態でも、国を挙げて宣伝していればそれなりに信じる人はいるのかもしれない。そもそも事前に参考書読み込んでから旅行に行く私みたいなのは少数派だろう。国策としての起源の主張は、こうして定着していくことになる。エチオピアの人たちは、外国語の参考書を読まないか、読めない人が多いから、学校で教えられでもしたら、そのまま信じ込むことになるだろう。

こうして起源は「作られる」。
…と、ここまでが前置きである。

エチオピアの場合、カファ県と、隣のジンマ県が国内で起源地を争っている。 名前が似てるのがカファ県、実際にコーヒー豆の産地として有名なのがジンマ県。ちなみにジンマ県はかつてカファと同じ小王国の領土だったことがある。もともと国内には存在しなかったはずの起源地を後から設定しようとしているので、ぶっちゃけどっちでもいい、というか理由をでっちあげればどっちでもいけるのだが、観光客の誘致に係るので争わざるを得ないのである。

ここが実に面白いと私は思っている。

日本と韓国がソメイヨシノの起源を主張した場合、どう考えても日本が優勢なので、同じレベルでの争いにはならない。
しかしコーヒーの起源主張の場合、エチオピア国内のどの地域が主張しても、ほぼ同レベルの争いにならざるを得ない。

昔、これと似たような争いを北米先住民の間で見たことがある。観光客向けに売り出していた「伝統のお守り」を、ある部族と別の部族が自分たちのものだと主張して、知的財産としてのロイヤリティを受け取るべきなのは自分たちの部族だと争いあっていたのだ。
外から見ている分には、どっちが正しいか分からないし、そもそも隣同士に住んでた部族なんだからどっちが起源でも別に不思議はない。同レベルの争いである。

この場合、最終的な「起源」の一般化は、より長い期間言い続けた声のデカいほうが勝つように思われる。
あくまで同レベル同士での起源主張の場合だが、数十年言い続けて、博物館なり記念碑なり建てて、本出して、観光客に説明し続けていると、案外定着するものである。
有力な対抗馬の居ないものなら、起源を主張してモノにするのは案外出来ちゃうものなのだ。

私はこれを、「忘れ去られた伝統の法則」と勝手に呼んでいる。普段誰も起源とか気にしてない、ある時点までないがしろにされていたか、価値を認められていなかった伝統に多く当てはまるものだからだ。もしも、そうした伝統をどこかで拾い上げたなら、デッチ上げでも何でもいいので起源を作って数十年かけて広めてみよう。再検証しようなどと思う奇特な誰かが現れるまでは、発見者としてあなたの名前が歴史に残ることになるだろう。

なお再検証で悪さがバレた場合も、悪名として歴史に名前が残るので、とにかく名を残したい人にはお勧めです。(?)