歴史と神話が別れる時:「神話の時代」とはいつなのか。

「神話の時代の出来事」「神話の時代の賢者」のようなフレーズは、世間一般でよく見かけるものである。このフレーズとても使いやすいのだが、具体的にどのくらい前なのかイメージしづらいことも少なくない。
というわけで、「神話の時代」とは具体的にいつのことで、何を契機として「神話」と「歴史」が分離するのかを少し考えてみたい。

●「神話の時代」ーまず「神話」がなければならない

当たり前だが、このフレーズを使うための前提は「神話が成立している」ことである。きっちり神話体系が出来上がっている必要はないが、少なくとも「神話群」と呼べるくらいのエピソードのまとまりと、世界観が出来ている必要がある。そうしないと「神話の時代」というフレーズの「時代」のイメージが出来上がらないからだ。

この「神話」は口伝でも文章化されたものでもいいが、現在は起こり得ない内容が入ってる必要がある。「現在は起こり得ないことが起きている=現在の歴史からは隔絶された、もう戻れない遠い昔の時時代」になるからである。

ただし、この「現在は起こり得ない」は、一回限りの出来事である必要がある。
複数回起きうる出来事の場合、「この先も起きる可能性はゼロではない」ので、過去と現在を分ける絶対的な指標ではなくなるからだ。

★1回限りの神話事例

オニャンコポン神が人類にすりこぎをぶつけられて天に帰った
奴隷にされていた人たちが逃げ出そうとしたら海が割れた

★複数回起きる可能性のある神話事例

おじいさんが山の神の宴にお呼ばれしておみやげもらった
徳の高い聖職者が祈りを捧げていたら奇跡が起きた

「一回限り」の出来事は、それが起きた時代を「神話の時代」を規定する中心と成りえる。逆に言うならば、「xxの出来事が起きた頃が神話の時代だ」と表現出来る。


●どのくらいの時間が離れていれば良いか

では、一度限りの神話的な出来事が起きたあと、どのくらい経てば、「神話の時代」という時代区分になるかという部分である。
たとえば「キリストの死と復活」というイベントは、発生したとされる時期から、それが神話になるのまでの経緯がある程度分かっている。
およそ400年。これはキリスト教の成立から、教義がある程度固まるまでの時間であり、カルケドン公会議でキリスト単性論が否定されて東方系教会の多くが離脱したあたりを想定している。

また別の事例だと、エジプトの偉人であるイムホテプが死後に神として礼拝されていた記録が残っているのが500年後くらいなので、500年あれば実在の人物や歴史も「神話の時代」になり得ると思われる。

ただしこれは、人々の関心の高い出来事が神話化するまでの最短事例だと思ったほうがいい。歴史に断絶があった場合、「気がついたら神話化してた」みたいなことも在り得ると思う。その場合は、「徐々に神話化していく」ではなく、「一回忘れられていたものが復活して神話になる」というプロセスになるかと思う。


●「神話の時代」と「現在」は何が違うのか

この問いは、何を目的として「神話の時代」というフレーズを使うのかに関わってくる。通常このフレーズが使われる場合は、単に「遠い昔の出来事」を表現する以外にも、「今は起こり得ない不思議なもの」、「今は失われた知識や文化の存在していた頃」、また言葉通り「かつて神々が実在していた頃」などを指すことがある。つまり、その時による。
先に述べたように、神話が神話となるまでに最低500年くらいあればよく、それ以降、1000年後なのか2000年後なのかによってもニュアンスは変わってくるだろう。

ただいずれにせよ、人間世界の場合、どんなに長生きしても個体寿命はせいぜい100年である。200年経っていれば、死亡率は100%になる。
世代交代すれば文化も風習も変わる。「神話の時代」が現在からどのくらい遠いか、という距離が変わるだけで、「現在の歴史からは隔絶された、もう戻れない遠い昔の時時代」というイメージは変わらないと思う。


●注意点 長寿種族がいる場合

長寿種がいるファンタジー世界の場合は、状況は大きく異なる。神話の時代から1000年経っていても、1000年生きられる竜族やエルフなどの長寿種がいる世界の場合、実際にその時代を覚えている者がまだ生きている可能性があるからだ。人間にとっては「神話」でも、長寿種にとっては単に「ちょっと昔」かもしれない。

なので長寿種族のいる世界の場合、「神話の時代」というフレーズは、必ずしも「現在と断絶された時代」という意味にはならない。たまにエルフが「神話の時代」というセリフを口にする作品があるのだが、その場合は1万年くらい前の話をしているとか、人間の感覚に合わせてくれているとか、そういうやつと解釈するしかないかと思う。