古代エジプト人の医療技術と「何が出来て、何が出来なかったのか」についての覚書き

正月で時間あるしカフーン・パピルスでも読んでみるか~と思って軽い気持ちで見てみたら、初っ端から「目が見えなくなるほど痛むのは子宮の影響。ガチョウの脂肪を塗りたくれ」みたいな電波治療法が出てきて真顔になった中の人ですよ。お、おう。何言ってんのか全然わかんねえ…

Manuscript for the health of mother and child
https://www.ucl.ac.uk/museums-static/digitalegypt/med/birthpapyrus.html

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という感じで、古代エジプト人の薬学の知識はかなりメチャクチャである。現代基準でいうと、何の役にも立たない治療をしているように見える部分は少なくない。
だが、「シヌヘの物語」でも知られるように、古代世界では、エジプトの医師のレベルは高いとされていた。何故なのか。

ここでは、古代エジプトの医師たちに「出来たこと/優れていたこと」ことと、「出来なかったこと/理解されていなかったこと」について考えてみたい。
参考までに、古代エジプトの医療パピルスの主要なもの一覧は以下に作ってある。

古代エジプトの医療パピルス一覧めも
https://55096962.seesaa.net/article/202109article_15.html

また、以下の日本語資料にもあるので参考までに。(PDF)

古代エジプト人と病気
https://core.ac.uk/download/pdf/70370782.pdf

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結論から言うと、古代エジプト人、たぶん外傷関連の対処レベルは高い。つまり外科が得意。

ギザのピラミッド労働者の墓から出てきた人骨で、骨折の処置が的確にされていた事例などが知られているが、実際に医療パピルスに記載された内容も「消毒して添え木して布で固定する」など現代視点でも正しい内容となっている。また虫歯治療についても、抜歯手続きなど具体的に書かれているし、痛み止めについての記載もあるので、そこそこのレベルはあったのではないかと思う。

ただし内科系、特に内蔵の病気については記載内容が壊滅状態である。
ミイラづくりで試行錯誤したからなのか、内臓の位置や形については非常に細かいのだが、どの内臓が何の役割をするかが分かっていなかったようなのだ。たとえば、心臓が魂の住処であり、命の源とされていた一方で、脳については「鼻水を生み出す器官」としか書かれていなくて軽視されている。また血液の循環についての知識も薄く、心臓から繋がっている太い血管が消化器官と繋がっていると勘違いされていた様子も見られる。(これは死んでから解剖していたからかもしれないのだが、家畜の解体してる時に気づかなかったのか? という疑問はある)

寄生虫に関する知識はおそらくあり、虫がつくことによって病気になる、という概念はあるのだが、当然のごとくウィルスについては知識がなく、それらは全て「悪い息」が体に入ることによって病気になった、というような表現にされる。直し方が分からないので、頼るものは心霊療法になる。つまりは、現代人から見るとヤバそうな材料で出来た薬とか、呪文とか、護符による治療である。

内臓やウィルスに関する知識が限定的であることを除けば、概してレベルは高い、とも言える。
逆に、薬の処方が必要な病気の治療については、医師は役に立たず、神官の祈祷に頼るような気休めしか方法が無かった、とも言える。

これをどう捉えるか、だが――内科については、祈祷や護符で心理的に楽になれば症状が軽くなった気にもなるだろうし、もし治らなくても「神の思し召し」と納得出来たのだとすれば、古代人にとっては問題ではなくなる。
外科部分の手腕だけでも、諸外国から「エジプトの医師は優れている」と評価される可能性はあったのかもしれない。