「ニーベルンゲンの哀歌」―本編にくっつけられた外伝的な後日譚

「ニーベルンゲンの哀歌(クラーゲ)」とは、「ニーベルンゲンの歌(リート)」に付随する「後日譚」的な物語である。序盤の内容は本編のあらすじになっており、そこから、本編後に起きたことについての外伝的な展開が続く。
この部分だけの邦訳がでてるのを見つけた時は、正気か? これワイ以外の誰が買うんだ?? と思いながら手に取ったのだが、読んでみるとめちゃ面白い! 何が面白いかというと、キリスト的倫理観フィルターを通して本編が再解釈されているところだ。

※「ニーベルンゲンの歌」とは何か? については、2号館のほうに詳しい説明をおいてあるのでそちらを参照
http://www.moonover.jp/2goukan/niberunku/index.htm

※「ニーベルンゲンの歌」の元ネタは、ブルグント族がフン族との戦闘で大敗したことを含むいつくかの歴史的な出来事。そこに、時代や場所の違う複数の伝説が合体させられて現在知られる形になった。歴史年表も以下に作ってある
http://www.moonover.jp/2goukan/niberunku/niberunku-retold8.htm

ニーベルンゲンの哀歌 - 岡﨑 忠弘
ニーベルンゲンの哀歌 - 岡﨑 忠弘

なお、本編を読んでいる人は分かっていると思うが、この中世ドイツ叙事詩は北欧神話的な世界観を色濃く受け継いだ全滅ENDの悲劇であり、人々の嘆きとともに幕を下ろす。
そこから続く後日譚とは、ぶっちゃけ言ってみれば、生き残った僅かな人々がどのように戦後処理をしたかという話に尽きる。お葬式と、身内の人への「まことに残念ながらご一行は死亡しました」という連絡等の話である。


「ニーベルンゲンの歌」は成立の過程で北欧神話・古代ゲルマン人の価値観を色濃く引き継いでいる。そもそも、メイン登場人物の一人であるブリュンヒルトは戦乙女だったし、ジーフリトはオーディンの加護を受けた半人半神の英雄である。しかし、「ニーベルンゲンの歌」が成立したのは13世紀であり、キリスト教世界でのことだった。異教的な内容を極力排除しているにも関わらず、本編には多くの異教モチーフが残されており、「人々はただ争うために教会へ行く」とまで言われるほどの内容になっている。

しかし、それだと異教文書として排除されてしまう。
「哀歌」はおそらく、本編の異教要素を薄めるための苦肉の策として付け加えられたものなのだ。お葬式シーンがカトリック形式になっているのも、死者に対してミサが上げられるのも、「これはキリスト教世界の話なんですよおー」という言い訳のためだと思って読むと、実に面白い。

異教的な英雄たちに対してキリスト教的な評価で長々と追悼していくのとかも、そりゃもう皆分かって神妙な顔してカトリックのふりしてるんですよ。ジーフリトが竜の血で不死化してたこととか当時の読者は皆知ってるけど敢えて知らんかったふりして「ジーフリトっていうメチャ強な英雄が昔いましてね…」って感じで話してるの。面白いに決まってるだろこんなの。絶対に笑ってはいけないエッツェルンブルク合同葬儀24時だよ。

プリュンヒルトが「イエス・キリスト様がそなたにお報いくださいますように」とか絶対言わないですからねw  どうしてもこれ入れたかったんだろうなあ… じゃないと、女同士の諍いで争いの種撒いたプリュンヒルトが生き残った理由がつけられないもんな。
彼女は戦乙女などではなく敬虔なキリスト教徒で一人の女であった、ハゲネをそそのかしたわけではなまくハゲネが勝手にジーフリトを殺した。だから罪はない。ヨシ! みたいな。建前で理由づけをしていった「哀歌」著者の思考が何となく分かってニヤニヤしてしまう。


あと、この邦訳本は、巻末の訳者解説も深くて面白いです。
キリスト教的な解釈をしたことによってハゲネの英雄的な要素が削られてるとか、クリエムヒルトを援護しようとして破綻してしまっているとか、実によく分かっていらっしゃる。いやほんとにね。
クリエムヒルトは夫に対して誠実を貫いたので天国に入れるはず! と宣言しているものの、そもそも彼女が夫に内緒で企みを抱かず、ブレーデリーンを焚き付けなかったら、この惨劇は起きてなかったはずだよね?? とかの根本的なツッコミが出てきてしまう。そこを「女は浅はかだからあんまり深く考えずにやっちゃっただけなんだよ!」で強弁援護していくのはフフってなる。ツイッ◯ーでよく見る、謝ったら負けちゃう勢の言い訳だこれ…。

のちのC写本でハゲネを悪役に変えようとする流れも、この「哀歌」の時代からあったんだよな、とか、色々と勉強になった。
これだけいろんな資料を集めてもまだ学ぶ所がある、「ニーベルンゲンの歌」は、本当に深くて面白い名作古典だと思うのです。

なのでみんな読もうな、岩波版で(圧)

ニーベルンゲンの歌 前 (岩波文庫) - 守峯, 相良
ニーベルンゲンの歌 前 (岩波文庫) - 守峯, 相良

ニーベルンゲンの歌 後 (岩波文庫) - 守峯, 相良
ニーベルンゲンの歌 後 (岩波文庫) - 守峯, 相良

※ちくま版はC写本なので内容が違います。