ホルスの道の出発点を探して。~「シレの砦」はどこにある?

「ホルスの道」、一般的に Horus Road または Horus Military Route と呼ばれている古代エジプトの東に繋がる道は、交易路であるとともに東側諸国への軍隊の遠征路でもあった。下の図の、緑色の矢印になっているところが「ホルスの道」である。この道は中王国時代には記録に登場し、東の国境防衛線として「支配者の壁」というものがナイルデルタの東岸に築かれていた。
が、国境は壁よりも東の先まで伸びている。その道の出発点ってどこだっけ。というのを調べにいってきた。

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道の果ての砦はギリシャ人が「シレ」と呼んだ場所で、古代エジプト名はTjaru(チャルウ)。これを探しにいったのは、古い本に載ってる位置と、最近の本に載ってる位置がズレてるように見えたからだ。
結果から言うと、最近になってチャルウという町の名前を記した彫像が発掘され、場所が修正されていた。

…なるほどね。


考古学雑誌の記事
Gate Discovered at Egypt’s Tharu Fortress
https://www.archaeology.org/news/3258-150504-tharu-fortress-gate

この話は、Tell el-Borgという別の砦について書かれた別の論文でおさらいすることが出来る。
The Gate of the Ramesside Fort at Tell el-Borg, North Sinai

この遺跡については発掘報告書もある。報告書なのでめっちゃ長いが。

Tell el-Borg I
https://www.academia.edu/8532532/Introduction_to_the_Work_Tell_el_Borg

まず、シレ/チャルウは、エジプト考古学の大御所であるアラン・ガーディナーの案に従って、伝統的にTell Abu Sefêhと同一視されてきたらしい。だが実際に発掘してみるとここにあった砦はペルシア支配時代以降に作られていてそれほど古くなさそう、と分かったとのこと。代わりに Tell Hebua というサイトを1999年、2005年に発掘したところ、ここから新王国時代のトトメス3世、ラメセス2世時代の彫像が出て、チャルウの名前が刻まれていたため、この周辺が国境の砦のあった場所だろうとなったようなのだ。


ただ、もしかしたらギリシャ人が「シレ」と呼んだのは時代的に Tell Abu Sefêh のほうだったかもしれないらしくて、ややこしい。ギリシャ人がやってくる時代は、ラメセス2世の時代からは500年以上(ペルシャ支配時代までで600年くらい、ローマ支配時代だと1000年以上)経過している。砦の位置がずっと同じとは限らないし、あり得るといえばあり得る。

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ちなみに、なんでずっと場所違うの気づかなかったの? というのは、報告書を読んでいたら気がついた。中東戦争の影響だ。そうまさかの。第三次中東戦争でエジプトさん負けてシナイ半島をここまで取られてたんだ…。イスラエルとの緊張状態が緩和されてようやく発掘可能になってわけで、発掘どころじゃない時代を挟んでいるんだと分かった。

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で、すっきりしたところで分かりやすい地図でも作ろうかと思ったんだけど、…もう、あったんだよなあ。
エジプトマニア界、みんな動き早いから…。
https://www.thetorah.com/article/what-we-know-about-the-egyptian-places-mentioned-in-exodus

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この図の点線部分はちょっと違和感があるけど、チャルウと他都市の位置としてはこんな感じ。デルタの東の果てなのがよくわかる。そんで、この遺跡がスエズ運河の拡張作業中に見つかったらしいのも納得の位置。

また、先述したTell el-Borgの砦の復元図を見ると、古代エジプトの国境警備がどうなっていたかが分かりやすい。砦なんでまあ城壁はあるよね。っていうのとか、兵舎とでっかい倉庫が併設なのも物資の補給が厳しい場所ならではだなっていう感じ。

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なおチャルウの街について調べたかったのは、この街が事実上の「黒い土の国」ケメトの国境の関所であり、国外追放刑を受けた者はこの街の東へ追い払われていたらしいという話を読んだからだ。
古代エジプトでなろう風の追放系したいみなさん! 追放先は西方オアシスかチャルウより東ですよ!(明日使えない無駄知識)(そもそもそんな奴いねえ)

「王に不要と言われた神殿書記、ホルスの道より追放される~カナアン人を束ねて一発逆転、今日から俺が王になる~」
…あれ、なんかこう、第13~15王朝辺りなら実際そういう感じの人いる気がしてきた…。