古代エジプト文学「職業の風刺」(ドゥアケティの訓戒)、和訳と英訳を比較してみた

職業の風刺(The Satire of Trades)、またはドゥア・ケティの訓戒/ケティの訓戒(The Instruction of Kheti)と呼ばれる古代エジプト文学がある。ケティいう人物が、書記学校に入る息子のために「他の職場ょうはこんなに辛い、だから勉強頑張って書記になりなさい」と書いている体裁になっているのだが、実際にケティが書いたものかどうかは謎。書記学校で教材として使われていたものらしく、写しが多数残されている。そういう文学作品と思ったほうがいいかもしれない。

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で、「職業の風刺」と呼ばれるように、他の職業をめっちゃ悪し様に言いまくってる内容なのだが、出てくる職業一覧が当時一般的だった代表的な職業なんだと分かるあたりが実に面白い。実はこれ、Children of the nile という洋ゲーで採用されていた職業区分と同じなので、やったことある人ならニヤリとしてしまうかもしれない。
ゲームのプレイ日記はこのブログのどこかにもあるので、興味ある人は適当に検索してほしい。

閑話休題。

で、このケティの訓戒は、和訳だと「エジプト神話集成」に入っている。
だが文庫版の元になった本はかなり古いし、どうも一部が英訳版と違うなぁと思っていた。特に和訳で「火夫」となっている部分がちょっと意味がわからなくてどういう職業なんだろうと思っていた。

エジプト神話集成 (ちくま学芸文庫 シ 35-2) - 杉 勇, 屋形 禎亮
エジプト神話集成 (ちくま学芸文庫 シ 35-2) - 杉 勇, 屋形 禎亮

というわけで、以下の英訳版と比較して、出てくる職業の差分を確認してみた。
青字が「似てるけどニュアンス違う言葉に訳されてる」という部分、赤字が「ぜんぜん違うやん!」という部分である。
https://www.ucl.ac.uk/museums-static/digitalegypt/literature/satiretransl.html


彫刻師、金細工師→そのまま

金属細工師→銅細工師

手斧を使う木樵→ノミを使う工芸師

宝石細工師→そのまま

床屋→そのまま

葦細工師→葦を刈る人
※この部分の翻訳はかなり内容が違う

陶工→そのまま

左官→レンガ積み職人

大工→そのまま

庭師→そのまま

農夫→そのまま
※ただし和訳にあるホロホロ鳥やカラスは英訳には出てこない

筵編み師→マット職人、だいたいそのまま

矢じり作り→武器職人

隊商→そのまま

火夫→stny労働者
※stnyの意味不明のため職業不詳

履物つくり→サンダル職人、だいたいそのまま

洗濯屋→そのまま

鳥刺し→鳥捕り、だいたいそのまま

漁師→なし。内容が鳥捕りに統合されている

意味の通らなかった「火夫」の部分は、英訳だとまさかの「訳語不明」だった。
この職業は、以下のような悪口を書かれているのだが、「目は炎によって衰弱している」の部分から、火を見つめる職業だったのかもと思われて「火夫」という訳が充てられたのではと推測する。
だが、「指が腐って死体のような匂い」「葦に刈られる」「衣服が恐怖(裸で仕事する?)」という辺りがわからない。前後にくるのが「隊商」「サンダル職人」なので前後関係からの連想も難しい。

=====
指は腐っている、死体のような臭いがする、
彼の目は炎の塊によって衰弱している。

彼の指は腐り、臭いは屍のようだ、
葦に刈られる日々;
自分の衣服が恐怖なのだ。
=====

また、これを改めて読み直して気がついたのだが、ケティの息子は男性なので、女性がやることが多かった職業、たとえば粉挽きやビールとづくり、パン作り、衣類用の織物づくりなどが入っていないなあと思った。なのでこの謎のstny労働者も主に男性がやる職業だったんだと思う。

古代エジプト語辞書ちょっと引いてみたけど、同じ発音の同音異義語っぽいのしか見つからなかった…。
謎の職業、これは何なんだろうな。いつか気がつくかもしれないのでメモがわりに置いておく。