古代エジプトの皮なめし資料。最近の説だとタンニン鞣しは「昔からあったかも」になっているらしい

前回までのあらすじはこれ

皮なめしの資料が出てこなくてウダウダやってたわけですが、そういや日本の発掘隊がやってたアコリスの遺跡で皮なめし遺跡みたいなのなかったっけ…? と思ってちょっと調べてみたら、めっちゃ資料あった

まさかの。英語資料より日本語資料が充実してるパターン。
ありがとう…日本語資料ありがとう…。

https://www.isan-no-sekai.jp/report/8339
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アコリス遺跡で残りの良い部分は時代が新しいのだが、ここは珍しく革なめし工房跡とされる遺跡が見つかっている場所。というか他には見つかっていないので、エジプトでほぼ唯一と言って良いかもしれない。
詳細な資料は、末尾にある「古代エジプト王朝時代の皮革技術の研究-アコリス遺跡出土資料を基にした総合的考察-」を検索するとPDFで資料が落ちてくるので興味ある人は参考までに。

まず、従来の「タンニンなめしはローマ時代以降」とされてきたのは、「ローマ式」と呼ばれる、デカい水槽に一気に数百枚の皮を突っ込む大量生産様式のことらしい。製造した痕跡が見つからないので、タンニン鞣しは古代には行われていないとされてきた。
しかし現代でもアフリカ内部で行われている、「瓶に革を突っ込む」という方式であれば、大規模な遺構がなくても鞣しが行える。
なので、タンニン鞣しは中王国時代まで遡る可能性がある、とのことだ。

「ローマ式」では大量の水を使うため川の近くでなければ作業できないが、瓶を使う方式なら水が少なくてもいけるので、高台などでも実施できる。なお、大瓶を使った場合、1つの瓶の水は30Lくらい、ヤギ皮なら15-20枚くらい一気に処理出来るという。「ローマ式」の水槽を使うやり方なら200枚くらいいけるようなので、効率的にはおよそ1/10。
瓶方式は、ウシの大きな皮を処理するには不向きで、一度に一枚くらいしか処理できないそうなので、古代エジプト人が瓶を使った鞣しをやっていたなら、主にヤギ皮ではないかということだった。

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革の種類に言及したが、古代エジプト人が使った皮としては、ウシ、ヤギで、ヤギがメインとのこと。ヒツジ皮は柔らかいが耐久性に欠けるためほとんど使われておらず、羊毛の利用のみに留まっていた可能性が高い。ブタは皮質が多すぎて処理が厄介なので、こちらも古代には使われていなかっただろうとのこと。
メインとなるヤギ以外では、ガゼルのものが少し見つかっているという。まあ妥当なところか。

余談だが、皮の種類の特定が難しい理由として、なめし行為をすするとDNAが壊れてしまい検出がほぼ不可能になるのだそうだ。毛穴の並び方で判別しようにも、仕上げの中で毛穴が潰されていたり、そもそもヤギとヒツジが似ていたりと難易度が高いという。これは、なめしの手順を読んでいるうちに理解した。下処理にスクレイパーでゴシゴシやったり、一ヶ月も漬け込んだりしてるんだから、そりゃ難しくなるよね…。

というわけで、使われた動物の種類が分からないものもかなりあるようだ。


古代エジプトで使われた鞣し方法は、主に3つだろうという。

①もっとも古い方式は「油脂なめし」

植物または動物の脂でなめす。例として日本の「姫路白なめし」が出ていた。これは調べてみると、植物脂でなめす方法らしい。エジプトだと亜麻から絞るアマニ油またはゴマ油の可能性があるとのこと。ただし、ゴマは新王国時代までエジプトに入ってきていない可能性がある。

②鉱物のミョウバンを使った「ミョウバンなめし」

エジプトはミョウバン産地なので、植物タンニンによる鞣し技術が成立していたとしても、こちらが多かったかもしれない。
ミョウバンは、仕上げで皮に色を定着させる場合にも使う。なお、赤い色の元になるアカネが使われだしたのが確実なのは第18王朝で、それ以前は不明とのこと。

③植物から抽出されるタンニンによる「タンニンなめし」

タンニンが含まれる植物は多いが、ナイル上流のハルツームではマメ科アカシア属の豆を潰して使っていることから、エジプトでも、アカシアのマメを使っていたのではないかとされる。アカシアなら何種類か自生しているし、季節になるとそこらへんの街路樹にもマメがぶら下がっていたりするから、確かにいける。


というわけで、「タンニン鞣しも、アフリカ内陸部と同じように瓶でやっていたなら、実はけっこう昔からあったかもしれない」「それ以前はおそらく植物油かミョウバンを使っていた」という話である。(自分が読み間違えていなければ)

で、以下はかなり簡略化した皮なめしの手順。
亜麻布作る手順もそうだけど、皮製品つくる手順も大変すぎて泣いた…。屠殺から製品の完成まで1年くらいかかる、そりゃ皮サンダルは高級品なわけですわ。

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1. 天日で乾燥、または塩で一時的に保存
2. 精製工程に入る前に水につけて戻す
3. 植物灰や灰汁で脱毛処理
4. 皮下脂肪などを除去
5. 酵素剤で残留物を除去する処理
動物の糞尿を使う方式もあるが古代エジプトではビールの残滓を使ったのでは? とのこと(ただ、この行程は必須ではないらしい)
6. 垢出し

** ここまで下処理 **

7. タンニンまたはミョウバンまたは油脂でなめし
8. ステーキング(もみほぐし、伸ばす)作業
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→ このあと、必要に応じて着色。製品の製造過程に入る。

古代エジプトにおいては、皮なめし職人と革製品の職人は同一カテゴリだったらしく、壁画でも、工房跡でも、両者が別れていない。
また見つかっているアコリスの工房が川から離れていることからしても、瓶を使ったという仮説からしても、必ずしも水辺でやる作業ではなかったらしい。…屠殺と皮剥ぎまでは水辺だったと思うが。
皮なめし工程の5あたりから奥地でやってたのかもしれない。

皮で作られた製品の主なものは、やはり軍事用品。剣の鞘、弓づつや弓袋、手首を保護する弓籠手などが革製品。これらは兵士の数だけ準備が必要なので、軍事用途で工房が構えられていたかもしれない。
あとは庶民の日常生活用の革紐、水筒など。小さな水筒や巾着くらいなら耐久性の劣るヒツジの皮でもいけるので、もしかしたら、残っていないだけでヒツジ皮の袋とかはあったかもね。
そして、アコリス遺跡からも見つかっている、革製のサンダルやクツである。

皮なめしと革製品の製造工程もだいぶ見えてきた。

いやあ、やっぱちゃんと調べるといろいろ出てきて楽しいよね。まさか日本古来の植物油なめしが出てくるとは思わなかったし、むしろ自分の住んでる国のことなのに「姫路白なめし」とか全然聞いたことすらなかったわ。遠い国の伝統と伝統が繋がる、なんか良い。