古代エジプトといえば「ネコ」だけど、"飼い猫"が登場するのは古王国時代末ごろから! 一般化するまでには時間がかかるよ!

かなり古い本で入週困難になっていた、「古代エジプト動物誌」が復刊されて新装丁で出てきたらしい。これはいい本なのでぜひみんな読んでねという感じなのだが、このジャンル、本職のエジプト学者ではなくエジプト・マニアであった翻訳家の何十年の前の本がいまだに現役なのは新陳代謝が出来ていないのでは。とも思う。

さいきんの発見で書き換わってる部分もあるんだけどな。まあ、そもそも創作物のためにつまみ食いしたいだけの人は大事なところ読み飛ばすだろうから、それ以前の問題とも言う…。

古代エジプト動物誌 (講談社学術文庫) - 酒井傳六, 河合望
古代エジプト動物誌 (講談社学術文庫) - 酒井傳六, 河合望

というわけで本題から逸れたが、本の紹介でやたらプッシュされている「飼い猫」について。
古代エジプトといえば、ネコを飼いならしたことで知られ、猫・愛の民族ともされる。だが、いかなエジプト人といえど、猫を飼いならすまでは長い年月がかかった。

古代エジプトで最古の猫の骨は、先王朝時代(紀元前4,000年あたり)、モスタジッダ(Mostagedda)というところで見つかった個人の墓HK6墓である。
しかし、この時点ではまだ、猫は飼い猫にはなっていなかった。
先王朝時代の王や貴族の墓では、動物園と呼ばれるほど色んな動物を副葬することがあり、珍しいものではキリンの骨などがいっしょに出ている。猫の骨も、めずらしい動物の枠で墓に収められたものと考えられている。飼育の試みは成されていたようだが、まだ大量に飼育するほどにはなっていない。

次に古王国時代。この時代の猫のミイラは最近見つかった。第5-第6王朝の頃(紀元前2,500年~2,300年あたり)。ピラミッド作ってた時代の終盤になる。ミイラ化された猫の大きさがそれぞれ違うので、繁殖していたのでは? と言われている。墓の主である貴族が猫大好きだった可能性もある。このあたりで、飼育の試みが成功する
https://www.cnn.co.jp/fringe/35128459.html

3467724.png

そして中王国時代の第11王朝。紀元前2,100年~あたりになると、野生の猫と区別して「飼い猫」を意味する「マウ」という単語が明確に使われるようになり、中部エジプトのベニ・ハッサンという場所に猫用の墓地が築かれる。また、猫の女神パケトの神殿が作られるなど、猫女神信仰の証拠も出てくるようになる。

つまり、古代エジプト人が猫をペットとして家畜化することに成功するのは、紀元前2500年から紀元前2000の間あたりとするのが妥当なのだ。そして最初は、「貴族が飼ってる珍しい生き物」というポジションで、ライオンや狒々と同じ扱いなのだ。
クフ王がピラミッド作ってた時代には、まだ完全にペット化されていないし、数も少ない。この時代はまだイエネコは出してはいけない。
中王国時代ごろから繁殖に成功して一般化していくが、一般家庭でも大量に飼われるようになるのはその後の時代。猫の姿をした女神が一般化するのも中王国時代以降で、それ以前には獅子の姿をしていたか、サーバルなど別の野生猫の姿で描かれていた可能性が高い。

新王国時代(紀元前1,500年~)になると、飼い猫が文学や絵画などあちこちに登場するようになるので、おそらくこの頃には一般化されていた。


というわけで、古代エジプト人だって猫を飼いならすのは大変だったのだ。
初っ端から飼い猫を大量に出してはいけないし、あと猫の姿をしたバステト女神を古王国時代に出してもいけない。日本史で考えてみてほしい、500年違ったら、そこにある世界は全然違うと分かるはずだ。「いつの時代からそれが一般化されたのか」という視点は、古代エジプトネタを探す場合にとても重要だし、使う資料が「古王国時代」「中王国時代」「新王国時代」「それ以降」の、いつに属しているのかは、最低限、確認したほうがいいんですよ…。