古代人を見下した歴史家の書く本はキツい。「神々のささやく世界 オリエントの文明」
なんか本屋に目立つPOPと一緒に置かれていた本。「地中海世界の歴史」というシリーズの最初の巻になるらしい。
鳴り物入りで売られてる歴史書は9割9分ハズレだという確信とともに、最初からあまり期待はせずに手に取った。結論から言うと「うん、やっぱね」という感じ。
私は一巻で脱落するが、今後シリーズものとして八巻まで出るらしいので、それぞれの時代区分に詳しい人はぜひツッコミを入れてほしい。この書き方と構成でシリーズ化するなら、絶対これ以降の巻にも大量にツッコみどころが出る。
地中海世界の歴史1 神々のささやく世界 オリエントの文明 (講談社選書メチエ 801) - 本村 凌二
●古代人のものの見方や歴史観をバカにしたような文章が入ってる
まず何がキツいかって、古代人をバカにした余計な文章を入れているところ。
メソポタミアの神代の時代の歴史は、やったらめったら長い年数が登場する。確かに王名表で二万年とか六万年とか在位したことになってる王様がいるのは事実なんだが、それを長過ぎるからと言って「およそ伝承にも値しない」とかぶった切るのは歴史家としてあるまじき行為。
ていうかエジプトの神統時代も治世の設定がやたら長いし、これが古代オリエントの伝統なんだが???
んなこと言ったら仏教の弥勒降臨までの56億7千万年みたいなのはどうなるんだ???
「現代人基準での歴史としては捉えられない」くらいの言い方ならまだ分かるが、何だこの書き方…バカにしてるんじゃなきゃこんな書き方出来なくね…? って初っ端からドン引きである。
バカにしてる箇所も1回や2回じゃなく、「現代人からすれば笑い話だが」「現代人からすれば虚構というほかない」みたいな書き方をしているところが本の中に何度も登場して、根本的に古代人を見下しているし理解しようとしてもないなと思った。
無知に無自覚な現代人の奢りですよこれ。私の嫌いな態度。理性的な現代人は迷信から解放されているとでも思ってるなら思い上がりも甚だしい。
それとね。
小型化した後世のピラミッドを「粗末なピラミッド」と書いたことは、エジプトマニアの絶許スイッチに触れている。
デカいだけで周辺施設未完成かつ中の装飾ナシのギザ台地のピラミッドと、内部装飾しっかりして周辺施設に力を入れた後世のピラミッドは、どちらも別の方向で労力は掛かってるし、そもそも墓のデカさを競うものでもない。作られた背景や意図を理解しようとせずして歴史家を名乗るのは何の冗談なのか。いますぐその無礼な指を退けたほうがいい。
●古代世界の風景が見えていない
最初に「ん?」と思ったのは、藍色の地中海は愛される海、とか書いてあるところだったが、全般的に古代人の見ていた風景に対する想像力が足りない。
地中海はクッソ荒れる海で航海技術が発達しても頻繁に難破する難所だった。だからこそ難破船がいっぱいある。
もしかして、穏やかに晴れた地中海しかご存じない? さすがにそれは無いでしょ。
メソポタミア人の見ていた海は「上の海」=地中海ではなく「下の海」=ペルシャ湾だろというツッコミもある。
また、イナンナ女神を「真っ暗闇に輝く明星の女神」と書いたあたりは根本的に分かっていない。
イナンナ女神は金星であり、「明けの明星」または「宵の明星」。つまり必ず薄明とともに登場する女神である。太陽神の姉妹とされることもあり、冥界に下ると力を失う。地球より太陽に近いところにある惑星なので、絶対に夜中には見ることが出来ない。前提として光ある世界に属する女神なのだ。
それと古代世界においては、地上に人工的な光がないぶん、夜空は晴れていれば満天の星になる。神々の世界たる夜空には夜でも闇はない。闇は人間の世界たる地上にあり、より暗い世界は地下の死者の世界にある。
イナンナ女神の章から始めているのに、何でこんなところでつまづくのか分からない。
古代世界の神々は、自然界の風景と表裏一体である。
神々は自然界の現象や風景の中から生まれてくる。地理を理解していないと神々の性格や神話も分からない。(なんでイナンナがエビフ山おどしてんの?とか、なんでフンババは殺されなければならなかったの?とか)
見えている風景や地理の解釈が不正確だと、そこから聞こえるはずの神々の声も食い違ってしまう。
本の中で神話や信仰(特にアクエンアテン関連)の記述の部分は片っ端から私とは解釈違いだったが、まあ、そうなりますよね。という感じ。
●集めた資料の内容が腑に落ちないまま書いている
断片的に出てくる情報や文章からしても、巻末に書かれている参考文献からしても、当たっている資料は正しい。
ただ、お互いに矛盾する内容や諸説ある部分を自分で腹落ちしないまま継ぎ接ぎにしているので、ただの書籍版Wikipediaになっている。
たとえば鉄器時代の始まりに関する部分だが、「~という説もあるし~もある、~という」みたいなのがずっと繰り返されていて、これもう自分で何書いてるのか分かってないでしょww
なのに肝心の「海の民が出現した時期に鉄器時代が始まっている」は明確に間違い。
東地中海世界における鉄器時代の開始は紀元前1,000年頃とするのがいまのところ最も妥当と考えられる年代で、それ以前は、鉄器は作ってるけど鉄器時代とまでは呼べない。
さらにこのあとの部分で、ヒッタイトの滅亡と古代エジプト第20王朝の滅亡を一緒に「紀元前1200年以降の大国の消滅」としてまとめて書いてるのは年表見てないでしょ、という感じ。200年違いますけど…。
ちょっと前に「B.C.1177」という本を読んだ時にも書いたけど、「海の民」の移動とエジプトの衰退は時期がズレている。一緒くたにしようとすると数百年単位で無理くりまとめることになり、おかしくなる。そこは丸めてはいけないのだ。
この本を読んで「なんだか良くわからんなあ」と思った人がいたら、原因は、この手の、色んな話を継ぎ接ぎしたせいで読みづらくなっている部分だろう。
自分が理解していないことは他人にスッキリした説明出来ない。当たり前の話である。
●明らかに間違えているところ
なんかいっぱいありすぎてツッコむのも面倒くさかったんで幾つかだけ…
ペピ2世は100歳まで生きたか ←これは実は古い説です
3-4回ツッコんだけどいまだに古い説使ってる本がある。そんなに生きてない。
https://55096962.seesaa.net/article/201712article_21.html
チャリオット技術を持っていたヒクソス人が武力でエジプトを制圧した説も、もう古いです。
ていうか下エジプトのナイルデルタは、ナイル川の支流が網目のように流れていて湿地帯も多いのでチャリオットで突っ走れる場所はほぼありません。 あれは国外に遠征して使うものですよ。パレスチナとか。
ヒクソスは武力ではなく婚姻でエジプトを支配したか、ミイラの調査から判明したこと
https://55096962.seesaa.net/article/201904article_9.html
それと、古代エジプトの植生について書いているところで、「大根、ニンジン、ホウレンソウ」とか書いてあるのは笑ってしまった。大根はラディッシュとして他は何から持ってきた。西洋ニンジン…?
いずれにしろ後世に導入された野菜と土着植物をぜんぶごっちゃにしていて不正確。クスの木の常緑樹ってのも何なのか分からんかったしなあ…。
以前べつの場所でも書いたが、「古代エジプト」だけで資料を集めると、先王朝時代からプトレマイオス朝まで3000年ぶんの期間のものがごっちゃに集まってしまう。資料によっては、後世に導入されたニンニクやゴマですら、「古代エジプト人の利用した植物!」と書かれていたりする。
わざわざ植生について言及するのなら、せめて先王朝時代からある植物と、新王国時代以降でしか確認されていない植物と、プトレマイオス朝以降に定着した植物は分けてほしい。
******
というわけで、オススメしません…。全くもってオススメ出来ません…。
この本でしか読めない内容は無くて、むしろ他の本の継ぎ接ぎで余計にわけわからんくなってたので、勉強したくて読む人は注意したほうがいいと思いますね。
以下にオススメ出来る本を何冊か置いときます。
メソポタミア部分の記述は、ほとんどが、頻繁に引用されている小林 登志子女史の劣化コピー。なのでこの本を読むよりそっちを読んだほうが、情報量も精度も圧倒的に高いです。
古代メソポタミア全史-シュメル、バビロニアからサーサーン朝ペルシアまで (中公新書 2613) - 小林 登志子
ていうかメソポタミアからペルシアまでの範囲なら、↓この本がすでにあるからこっちオススメしたいですね。
古代世界への愛も溢れているし。あと巻末の競馬
古代オリエント全史-エジプト、メソポタミアからペルシアまで4000年の興亡 (中公新書 2727) - 小林 登志子
エジプト部分は、全般を読むなら以下がオススメ。体系的に学ぶことができる。
大英博物館 図説 古代エジプト史 - A・J・スペンサー, 近藤 二郎, 近藤 二郎, 小林 朋則
神話については、新王国時代の資料が多いが、最近出た以下が楽しいのでオススメ。
神々と旅する冥界 来世へ 〔前編〕 (図説古代エジプト誌) - 松本 弥
神々と旅する冥界 来世へ 〔後編〕 (図説古代エジプト誌) - 松本 弥
神話本だと以下はエジプトマニア必携の一冊。
エジプト神話集成 (ちくま学芸文庫 シ 35-2) - 杉 勇, 屋形 禎亮
鳴り物入りで売られてる歴史書は9割9分ハズレだという確信とともに、最初からあまり期待はせずに手に取った。結論から言うと「うん、やっぱね」という感じ。
私は一巻で脱落するが、今後シリーズものとして八巻まで出るらしいので、それぞれの時代区分に詳しい人はぜひツッコミを入れてほしい。この書き方と構成でシリーズ化するなら、絶対これ以降の巻にも大量にツッコみどころが出る。
地中海世界の歴史1 神々のささやく世界 オリエントの文明 (講談社選書メチエ 801) - 本村 凌二
●古代人のものの見方や歴史観をバカにしたような文章が入ってる
まず何がキツいかって、古代人をバカにした余計な文章を入れているところ。
メソポタミアの神代の時代の歴史は、やったらめったら長い年数が登場する。確かに王名表で二万年とか六万年とか在位したことになってる王様がいるのは事実なんだが、それを長過ぎるからと言って「およそ伝承にも値しない」とかぶった切るのは歴史家としてあるまじき行為。
ていうかエジプトの神統時代も治世の設定がやたら長いし、これが古代オリエントの伝統なんだが???
んなこと言ったら仏教の弥勒降臨までの56億7千万年みたいなのはどうなるんだ???
「現代人基準での歴史としては捉えられない」くらいの言い方ならまだ分かるが、何だこの書き方…バカにしてるんじゃなきゃこんな書き方出来なくね…? って初っ端からドン引きである。
バカにしてる箇所も1回や2回じゃなく、「現代人からすれば笑い話だが」「現代人からすれば虚構というほかない」みたいな書き方をしているところが本の中に何度も登場して、根本的に古代人を見下しているし理解しようとしてもないなと思った。
無知に無自覚な現代人の奢りですよこれ。私の嫌いな態度。理性的な現代人は迷信から解放されているとでも思ってるなら思い上がりも甚だしい。
それとね。
小型化した後世のピラミッドを「粗末なピラミッド」と書いたことは、エジプトマニアの絶許スイッチに触れている。
デカいだけで周辺施設未完成かつ中の装飾ナシのギザ台地のピラミッドと、内部装飾しっかりして周辺施設に力を入れた後世のピラミッドは、どちらも別の方向で労力は掛かってるし、そもそも墓のデカさを競うものでもない。作られた背景や意図を理解しようとせずして歴史家を名乗るのは何の冗談なのか。いますぐその無礼な指を退けたほうがいい。
●古代世界の風景が見えていない
最初に「ん?」と思ったのは、藍色の地中海は愛される海、とか書いてあるところだったが、全般的に古代人の見ていた風景に対する想像力が足りない。
地中海はクッソ荒れる海で航海技術が発達しても頻繁に難破する難所だった。だからこそ難破船がいっぱいある。
もしかして、穏やかに晴れた地中海しかご存じない? さすがにそれは無いでしょ。
メソポタミア人の見ていた海は「上の海」=地中海ではなく「下の海」=ペルシャ湾だろというツッコミもある。
また、イナンナ女神を「真っ暗闇に輝く明星の女神」と書いたあたりは根本的に分かっていない。
イナンナ女神は金星であり、「明けの明星」または「宵の明星」。つまり必ず薄明とともに登場する女神である。太陽神の姉妹とされることもあり、冥界に下ると力を失う。地球より太陽に近いところにある惑星なので、絶対に夜中には見ることが出来ない。前提として光ある世界に属する女神なのだ。
それと古代世界においては、地上に人工的な光がないぶん、夜空は晴れていれば満天の星になる。神々の世界たる夜空には夜でも闇はない。闇は人間の世界たる地上にあり、より暗い世界は地下の死者の世界にある。
イナンナ女神の章から始めているのに、何でこんなところでつまづくのか分からない。
古代世界の神々は、自然界の風景と表裏一体である。
神々は自然界の現象や風景の中から生まれてくる。地理を理解していないと神々の性格や神話も分からない。(なんでイナンナがエビフ山おどしてんの?とか、なんでフンババは殺されなければならなかったの?とか)
見えている風景や地理の解釈が不正確だと、そこから聞こえるはずの神々の声も食い違ってしまう。
本の中で神話や信仰(特にアクエンアテン関連)の記述の部分は片っ端から私とは解釈違いだったが、まあ、そうなりますよね。という感じ。
●集めた資料の内容が腑に落ちないまま書いている
断片的に出てくる情報や文章からしても、巻末に書かれている参考文献からしても、当たっている資料は正しい。
ただ、お互いに矛盾する内容や諸説ある部分を自分で腹落ちしないまま継ぎ接ぎにしているので、ただの書籍版Wikipediaになっている。
たとえば鉄器時代の始まりに関する部分だが、「~という説もあるし~もある、~という」みたいなのがずっと繰り返されていて、これもう自分で何書いてるのか分かってないでしょww
なのに肝心の「海の民が出現した時期に鉄器時代が始まっている」は明確に間違い。
東地中海世界における鉄器時代の開始は紀元前1,000年頃とするのがいまのところ最も妥当と考えられる年代で、それ以前は、鉄器は作ってるけど鉄器時代とまでは呼べない。
さらにこのあとの部分で、ヒッタイトの滅亡と古代エジプト第20王朝の滅亡を一緒に「紀元前1200年以降の大国の消滅」としてまとめて書いてるのは年表見てないでしょ、という感じ。200年違いますけど…。
ちょっと前に「B.C.1177」という本を読んだ時にも書いたけど、「海の民」の移動とエジプトの衰退は時期がズレている。一緒くたにしようとすると数百年単位で無理くりまとめることになり、おかしくなる。そこは丸めてはいけないのだ。
この本を読んで「なんだか良くわからんなあ」と思った人がいたら、原因は、この手の、色んな話を継ぎ接ぎしたせいで読みづらくなっている部分だろう。
自分が理解していないことは他人にスッキリした説明出来ない。当たり前の話である。
●明らかに間違えているところ
なんかいっぱいありすぎてツッコむのも面倒くさかったんで幾つかだけ…
ペピ2世は100歳まで生きたか ←これは実は古い説です
3-4回ツッコんだけどいまだに古い説使ってる本がある。そんなに生きてない。
https://55096962.seesaa.net/article/201712article_21.html
チャリオット技術を持っていたヒクソス人が武力でエジプトを制圧した説も、もう古いです。
ていうか下エジプトのナイルデルタは、ナイル川の支流が網目のように流れていて湿地帯も多いのでチャリオットで突っ走れる場所はほぼありません。 あれは国外に遠征して使うものですよ。パレスチナとか。
ヒクソスは武力ではなく婚姻でエジプトを支配したか、ミイラの調査から判明したこと
https://55096962.seesaa.net/article/201904article_9.html
それと、古代エジプトの植生について書いているところで、「大根、ニンジン、ホウレンソウ」とか書いてあるのは笑ってしまった。大根はラディッシュとして他は何から持ってきた。西洋ニンジン…?
いずれにしろ後世に導入された野菜と土着植物をぜんぶごっちゃにしていて不正確。クスの木の常緑樹ってのも何なのか分からんかったしなあ…。
以前べつの場所でも書いたが、「古代エジプト」だけで資料を集めると、先王朝時代からプトレマイオス朝まで3000年ぶんの期間のものがごっちゃに集まってしまう。資料によっては、後世に導入されたニンニクやゴマですら、「古代エジプト人の利用した植物!」と書かれていたりする。
わざわざ植生について言及するのなら、せめて先王朝時代からある植物と、新王国時代以降でしか確認されていない植物と、プトレマイオス朝以降に定着した植物は分けてほしい。
******
というわけで、オススメしません…。全くもってオススメ出来ません…。
この本でしか読めない内容は無くて、むしろ他の本の継ぎ接ぎで余計にわけわからんくなってたので、勉強したくて読む人は注意したほうがいいと思いますね。
以下にオススメ出来る本を何冊か置いときます。
メソポタミア部分の記述は、ほとんどが、頻繁に引用されている小林 登志子女史の劣化コピー。なのでこの本を読むよりそっちを読んだほうが、情報量も精度も圧倒的に高いです。
古代メソポタミア全史-シュメル、バビロニアからサーサーン朝ペルシアまで (中公新書 2613) - 小林 登志子
ていうかメソポタミアからペルシアまでの範囲なら、↓この本がすでにあるからこっちオススメしたいですね。
古代世界への愛も溢れているし。
古代オリエント全史-エジプト、メソポタミアからペルシアまで4000年の興亡 (中公新書 2727) - 小林 登志子
エジプト部分は、全般を読むなら以下がオススメ。体系的に学ぶことができる。
大英博物館 図説 古代エジプト史 - A・J・スペンサー, 近藤 二郎, 近藤 二郎, 小林 朋則
神話については、新王国時代の資料が多いが、最近出た以下が楽しいのでオススメ。
神々と旅する冥界 来世へ 〔前編〕 (図説古代エジプト誌) - 松本 弥
神々と旅する冥界 来世へ 〔後編〕 (図説古代エジプト誌) - 松本 弥
神話本だと以下はエジプトマニア必携の一冊。
エジプト神話集成 (ちくま学芸文庫 シ 35-2) - 杉 勇, 屋形 禎亮