古代エジプトの東の国境線「支配者の壁」の位置の覚書き

昔のエジプト本だと、「エジプトは海や砂漠という天然の国境に守られているため城壁はほとんど必要なく…」ととか書かれていることがあるが、全然そんなことはない。めっちゃ壁ある。というか勢いのある時代のファラオが財力に任せておもくそ長城作っとる。世の中、どこのと支配者も考えることはだいたい同じである。

というわけで、「支配者の壁」(古代エジプト語でイネブウ・ヘカ、英語でWalls of the Ruler)について。
この壁は、古王国時代に既に原型があり、中王国時代の第12王朝のアメンエムハト1世が完成されたとされる。ナイルデルタ東部への
古代エジプト文学では「シヌヘの物語」と「ネフェルティの予言」に登場する。シヌヘは物語の冒頭で壁を越え外国へ脱出しているため、おそらく、この壁には監視がいて、検問所のようなものがあった。

遺構が見つかっていないが、場所はだいたいこのへんとされている。
この壁とペル・ラメセスの間の地が、ユダヤ人の祖先の住んでいたゴシェンの地だと紹介されているのを見かけたこともある。

Exodus-Map-Red-Sea-Crossing-S-C-Compton.jpg

この壁は、後世にラメセス2世によっても強化された。
つまり、エジプトにとって伝統的にここが東の国境ラインであり、レヴァント地方からの侵入者を防ぐための防御壁だったのだ。

なお、以前調べたチャルウ/シレの砦は、この壁の北の端にある。「ホルスの道」という東への街道は、この壁の税関を通過して出ていく形になっている。

ホルスの道の出発点を探して。~「シレの砦」はどこにある?
https://55096962.seesaa.net/article/502046471.html

西のリビアからの侵入を防ぐ要塞はこれ↓。おそらくデルタの西側にも何か壁はあったと思う。

古代エジプトの西の国境はどこにある? 現代に比べてだいぶ東のほうにあった
https://55096962.seesaa.net/article/502315614.html

東も西も、頑張って作った壁も突破されて異国人王朝が成立してるあたり、パーフェクトな防御壁は無いし、そう長続きもしないんだよなあ。というところも、現代と同じである。見張り買収するとか、こっそり越えてくるとか、王権が弱まった時期を狙うとか、色々方法はあったんだろうな…。