「グリフィンはプロトケラトプスの化石を見て創られた」という説に対する学者の反論

「どう見ても似てねーだろ」と書くだけでこの長さ。真面目にツッコミ検証するとこうなるんだな…大変だな…という感じ。

ギリシャ神話に登場するグリフィンは、中央アジアで見つかる角のある白亜紀後期の恐竜、プロトケラトプスの化石が元になっているのでは。という説が、1990年代にアドリエンヌ・マヨール(Adrienne Mayor)という人によって提唱され、広まっているが、実際はこの説は根拠に乏しくツッコミどころ満載だぜ。というのが論文の趣旨。
自分は、そんな説があるのは初耳だったたので、わざわざ論文出して否定しなきゃならんほど人口に膾炙しているのかどうかはわからなった。とはいえ、日本の神話本とか幻獣本とかで、もしかしたらこの説を採用しているものもあるかもしれないので、参考としてツッコミ内容を要約しておく。

Did the horned dinosaur Protoceratops inspire the griffin?
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/03080188241255543

●「グリフィン的な生物」の起源が考慮されていない

のちのギリシャではライオンの体に鳥の頭、という形に固定されていくが、合成獣としてのグリフィンに似た神話生物は、メソポタミアまで遡れる。近隣地域に存在する、より古いモチーフのほうを起源とみなすほうが妥当であり、ギリシャ人が中央アジアに遠征したかどうかはあんまり関係ない。

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また、「グリフィン的な生き物」には多種多様なバリエーションがあり、プロトケラトプスに似た一部の図像だけを取り上げて、それ以外を無視するのはおかしい。

●そもそも化石が全身の見える状態でそのへんに転がってるわけがない。

化石が元になって誕生したのでは、と言われる神話生物は何種類かあるが、たとえば「マンモスの頭蓋骨からサイクロップスがイメージされた」とか「マヤ神話のシパクトリはメガロドンの巨大なあごの骨からイメージされたのでは」のように、独特な骨格の一部から想起されたと考えられている。
プロトケラトプスはくちばしのような構造を持つ恐竜だが、この骨から鳥の頭と獣の体を持つグリフィンを生み出すには、全身の骨格を見ていなければならない。自然状態で全身の骨格がきれいに露出する可能性は低く、無理がある。

●プロトケラトプスとは似てない部分のほうが多い

似ている部分はくちばしと四足歩行の姿勢だけで、それ以外の部分に違いが目立つ。
先に書いたようにグリフィン型の神話生物にはいろんなバリエーションがあるため、そのうちの一種の似ている部分だけを取り上げるのは不適切。プロトケラトプスのフリル状の部分すら反映されていないので元ネタになったと考えるのは無理があるのでは。


というわけで、なんか基本的なツッコミがずっと続く論文だった。
中央アジアにもグリフィン的な図像は伝播するが、それは素直にメソポタミア→ギリシャ→中央アジア のルートで伝播したと考えればよく、中央アジアで見た化石の情報がフィードバックされてギリシャの図像が変わった、などという複雑な伝播ルートを考慮する理由は無さそうだ。
まあ、「似てる気がする!」からはじまった説なんだなこれ…っていうのはわかった。

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それにしても、説が出てから数十年も経ってからツッコミ論文が出るとは、よっぽど我慢ならないレベルで俗説として定着しちゃったやつなんですかねえ…。


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余談だが、化石から伝説が生まれること自体は別に否定されていない。全身骨格が地面に露出していて、かつ類似がわかりやすくシンプルならあり得る。
エジプトの西方砂漠にある「クジラの谷(ワディ・アル・ヒタン)」では、古代のクジラや巨大な海獣たち骨格が地面のあちこちに露出している。エジプト神話の巨大な蛇アポピスや、旧約聖書のリヴァイアサンのインスピレーション元はこれではないかという説があるが、これは妥当なところだと思う。
ただし、この化石の情報が中国に伝わって竜の元になり…とか言われたら「ん?」ってなるところだと思う。

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