たぶん専門家はフルボッコにする新説。「ジェセル王のピラミッドは水圧式エレベーターで作られた」

考古学系のサイトでちょっと話題になってたやつ。
最初のピラミッドである、ジェセル王の階段ピラミッドは水圧式エレベーター(水力装置)を使って作られたのでは、という説が出たらしい。ただし考案したのは専門の学者ではなく、査読ありの論文としては出ていない。内容を見ると確かに”面白み"はあるのだが、エジプトマニア的には「あーまたこういうのっすかー(悟り顔)」みたいな感じになる 笑

もしこれが話題になった場合、まず間違いなく専門家にフルボッコにされる。とくにザヒ・ハワス博士とかいつものフィーバー口調で騒ぐ。
ので、その前にちょっとだけ触れておこうと思う。

概要記事
Ancient Egyptians used a hydraulic lift to build their 1st pyramid, controversial study claims
https://www.livescience.com/archaeology/ancient-egyptians/ancient-egyptians-used-a-hydraulic-lift-to-build-their-1st-pyramid-controversial-study-claims

本編ドキュメント
On the possible use of hydraulic force to assist with building the Step Pyramid of Saqqara
https://www.researchgate.net/publication/382523656_On_the_possible_use_of_hydraulic_force_to_assist_with_building_the_Step_Pyramid_of_Saqqara

まず前提となるのが、かつてはピラミッド近くにナイルの支流が流れていた、水量も多かった、という最近の研究だ。
代表的な研究については、以下を参照してほしい。

ピラミッド近くにナイルの支流の痕跡を発見、気候変動とピラミッド建設場所の関係が面白い
https://55096962.seesaa.net/article/503401207.html

で、普通なら、石の運搬にその運河使ったんだろうね、で終わるところ、この著者たちは、その流れに何故か「水圧式リフトを使って石を運び上げていた!」というトリッキーな説を編み出してしまった。
本編ドキュメントを読むと詳細は出てくるが、一読しただけだと何いってんのかわかんないと思う。ていうか私がわかんなかった。
で、ある程度意味が分かってくると、「いや、こんな複雑なシステム作るより、普通に運び上げたほうが早くね??」という根本的なツッコミが出てくる。
こんな、下準備に手間がかかる上にメンテナンス性も悪い仕掛け誰が使うのww 典型的な机上の空論だなという印象。ピラミッドの石積みがわずかに内向きになってるのとか、何層かに分けて詰んだ痕跡があるのとか、さらに言えば途中で段を増やしてるのとか、どう考慮してんの…?

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さらに、近くにあるギスル・エル・ムディール(Gisr el-Mudir)を貯水槽的な役割のある遺跡としているところ。これは考古学者からおもくそ集中砲火くらいそうだなと思った。この、壁で囲まれた空き地の用途は確かにはっきりしていないのだが、水貯められるか…? ていうか墓の近くで水を貯める…? 遺体から遠ざけなければならない水分を…?

https://en.wikipedia.org/wiki/Gisr_el-Mudir
Gisr_el-Mudir_(Great-Enclosure).png

しかもこの遺構、出土品からして第三王朝の初期には既に存在しており、第二王朝のものかもしれないとされている。ジェセル王のピラミッドと同時期のものではない可能性が高い。
このテの机上の空論説は自説に合う解釈で揃えようとしてくるので、既存研究とあちこち食い違う。一昔前の超古代文明論に多かった手法だ。

そもそも古代エジプト人は、水路を使って石を運ぶことはあっても、このドキュメントに出てくるような水力ジャッキみたいなものは、あとにも先にも使っていない。とつぜん出てきた技術をジェセル王のピラミッドにだけ使って、クフ王のピラミッドにも、他の建造物は使わない、なんてことは在り得るのだろうか。
「こういう説があったら面白いよね!」から始まって、最もらしく燃える証拠だけ集めているという思考方法が逆。たとえ専門家が出してきた説だったとしても、この思考方法をとった説は必ずなんか致命的なミスを犯している。

確かに、世界最古のダムは古代エジプト人が作ったとされる。ナイルと生死をともにしていたぶん治水に長けていたとも考えられる。
砂漠に突発的に雨が降ると、ほんの数十ミリでも洪水が発生してしまうため、雨水を防ぐ壁やダム、水路を整備することは普通にありえる。
しかし、そうした技術は、こんな形で使われた証拠がない。


読んだ感じ、この新説というのは、ひとむかし前に流行った(そして今ではまともな本には出てこなくなった)、ジャン・ピエール・ウーダン氏の「クフ王のピラミッドは内部傾斜路で作られた」説と同じタイプの説だと思う。
人目を引く面白みのある説だがオカルトの域を出ておらず、現実性の薄い机上の空論。説に使ってる個々のパーツは、ほう、そこに目をつけたのかという感じではあるのだが、解釈部分が自説に沿うように捻じ曲げたものなので整合性が取れなくなっている。

まあ、難しいこと考えなくてもいいんですよ。
階段ピラミッドは途中で何度も計画変更されており、内部にはマスタバが隠れている。なので、この構造から普通に考えるなら、「下から順番に積んで作って、少しずつ欲が出てだんだん高くなっていったんだな」ということ、「最初からマスタープランがあったわけじゃなく、計画性のない随時拡張で作ってんな」ということは分かると思う。
この実情に合わない説出されてもね。っていう話。

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なんかこういう説が定期的に出てくる周期でもあるんかなあ…と思ってしまった。

あ、NHKスペシャルとかはこれ取り上げなくていいっすよ。ムーとか向けだと思うんで、そっちで特集してもらってください。