エジプトミイラになりたかったハミルトン公爵10世、アレグザンダーについて

ひょんなとこから、「エジプトミイラになりたくて実際にその処置をしてもらった貴族がいる」という話を読んだ。ハミルトン公爵10世、アレグザンダー(Alexander Hamilton, 10th Duke of Hamilton)という人物。イギリス貴族である。

エジプトミイラに魅了され、その永遠を手に入れんと、死の30年前から準備を始め、1852年8月18日、84 歳でこの世を去ったあと、エジプトミイラの専門家としてロンドンの医師、トーマス・J・ペディグルーによってミイラ化処置を受けたとされる。
ミイラは、本人が事前に買い求めておいたプトレマイオス朝時代の棺に収められ、宮殿のそばに作られた立派な墓地に収められたという。

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https://en.wikipedia.org/wiki/Alexander_Hamilton,_10th_Duke_of_Hamilton

この墓地は宮殿の解体とともに廃止されたようで、1921年以降、棺はベント墓地というところに移されたらしいが、棺は一度も開かれていないので、中身のミイラがどうなっているのかは不明だ。果たして、立派に時を超えているのか。それとも朽ちてしまっているのか。
乾燥したエジプトの気候ならともかく、イギリスでは千年単位の遺体保存は難しくない?? とは思うのだが…まあ、まあ、本人が満足しているならそれでいい。

ただ気になっているのは、19世紀半ばという当時の知識で、一体、どれほどのレベルのミイラが作れたのか、ということだ。


古代エジプトのミイラ製法や、ミイラ化処置に使われた物質などの研究は、近年になってかなり進んだものの、それ以前だとあまり詳細ではなかった。というかミイラでよく見る「黒いベタベタしたアレ」の成分分析ですらも、つい最近の研究だ。

古代エジプトの「黒いベタベタしたアレ」、科学的に分析される。
https://55096962.seesaa.net/article/202005article_25.html

19世紀だと、「黒いのはアスファルト」ってのと、「香料にミルラを使ってた」、あと「内臓抜いてあった」くらいは分かっていたはず…他の成分はどうなんだろう? というか、ミイラにするのが目的で必ずしも古代エジプトと同じ物質を使う必要がなかったなら、何か別のもので代用しているのだろうか。

調べてみると、このトーマス・J・ペディグルーという医師は、多くのミイラの包帯を解いていた人物のようで、人前で解体ショーを実施していたこともあるらしい。なので包帯の巻き方や、ミイラの内臓がどう抜かれているかなどは詳しかったかもしれないが、使われた薬剤の成分や防腐剤の知識はそれほど持っていなかったのでは? というのが自分の予想。

何かの歴史のいたずらで、いつか棺が開かれて中身が確認されるなら、そのとき答えは判明するかもしれない。
…そのときが来るかどうかは、わからないが。



なお、当時のイギリスでは、ミイラが舶来物として大量に流通していたらしい。エジプトからの遺物持ち出しが禁止になるのはツタンカーメン王墓の発見以降なので、この時点ではまだ何の制限もかかっていない。ハミルトン公爵が棺を購入出来たのも、そういうこと。
カネを積めばミイラや棺、副葬品などが手に入る時代のイギリス貴族が、状態のいい美しいミイラを見て自分もそうなりたいと願った気持ちは分からなくもないのだが、棺の元の持ち主はさぞかし迷惑していただろうなあ。