いろんな視点から学ぶ動物との関わり「十二支になった動物たちの考古学」

図書館で適当に漁っていて見つけた本。軽いお読み物が欲しかったので読んでみた。
十二支になった動物たちに関する考古学で、主に日本史における各動物の関わりを紹介している。

十二支になった 動物たちの考古学 - 設楽 博己, 設楽 博己
十二支になった 動物たちの考古学 - 設楽 博己, 設楽 博己

いろんな視点から書かれているので切り口がけっこう面白くて、たとえばネズミの章では、「貝塚から大量のネズミの骨が見つかっているが、食べたにしては骨が全部残っているので駆除されたやつかもしれない」という話が載っていた。
縄文時代の後期。見つかっているネズミのほとんどは森林性のアカネズミなので、縄文人が利用していたクリやドングリを食べに紛れ込んだのが駆除されたのかもしれない、という。
ネズミといえば穀物を食べるイメージだったのだが、考えてみれば確かにクリやドングリのような果実も食べる。穀物なら穀物庫に貯めるものだが、縄文時代はまだ高床式の穀物庫とか無いし、もし食い荒らされたりしたら、相当ネズミにイラついただろうな…。まだネコも入ってきてないし人力駆除だよな…。

以前、土器の中から大量のコクゾウムシが見つかったという話を見て、それ粘土で虫を駆除してただけじゃね? とツッコんだことがあるのだが、自分らの食べ物を食い荒らしに来る生き物に愛着や神秘性など持つはずもないんである。「敵」以外に認識出来ない。現代人に見えないだけで、縄文時代の人たちは虫や小動物から必死で食べ物を守っていたんじゃないかと思うのだ。

あと、辰の章に出てきた、ゆる辰めっちゃ可愛くて気に入ったw これで辰なんだ…。
足が生えてるからたぶん竜だろう、ってされてるけど、なんの説明もなかったら体が細長い人か何かかと思うだろうな。

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竜の概念は紀元後1世紀くらいに最初に入ってきたらしいのだが、なかなか日本には定着せず、最初の頃は蛇に包括されていたらしい。何度か物品とともに渡来するうちに定着していき、古墳時代にはようやく本家中国っぽい竜の姿になるという。だが、定着前の日本オリジナル解釈のゆる辰も結構好き。

あと、羊羹に「羊」の文字が入っているのは、もともと羊肉を入れた羹(あつもの)=汁料理 だったからで、日本では羊が家畜として定着せず、羊肉もあまり食べられなかったので植物性の材料を使った料理に置き換わり、いつしか汁を固めるお菓子になっていったのだとか。そういう雑学を仕入れられる楽しい本である。



ただしこの本、「午(ウマ)」の項だけはあまりオススメできない。
出版されたのが少し前なので仕方ないのかもしれないが、最古のウマ飼育としてウクライナのデレイフカ遺跡を挙げているからだ。
だが現在、デレイフカ遺跡から出土したウマは家畜化されたものではなく、現代の家畜ウマにも繋がらない系統だと判明している。デレイフカとともに家畜ウマの起源ではないかとされたボタイ遺跡のウマも同様に、現代のウマの系統には繋がっていなかった。

ウマの家畜化は紀元前2,000年を少し遡るくらいの時代だったというのが、新しい”定説"だ。
https://55096962.seesaa.net/article/503592080.html

あと、古代メソポタミアでウマのひく戦車が使われたと書かれているが、これも実はウマではない。オナガー(ロバの仲間)だというのが現在の定説だ。
https://55096962.seesaa.net/article/201404article_31.html

ウマは馬力があるが車を引かせると速度が出すぎるため、その速度に耐えられるスポークが開発されるまでは荷車などを引く駄獣としては使えなかった。日本では、ゆっくり歩くウシに引かせる車が貴人に好まれたが、古代のメソポタミアも事情は同じである。
オナガー戦車と牛車は、ウマに引かせる戦車が登場するかなり前から使われていた。なおウマに引かせる戦車はどんなにかんばっても紀元前1,500年くらいまでしか遡れない。

https://55096962.seesaa.net/article/501106149.html

なのでウマと人間の関わりに関する記述のセクションがまるまる間違えている(現在の説からは古い)。
ここだけ注意してもらいたい。