カマキリの雪予報が科学的ではない理由とカマキリの生態「カマキリに学ぶ」

前回、「カマキリは積雪量を予測して卵を生んでいない」=カマキリが雪予報をするという説は誤り、という話について書いた。
きちんと論文を出して一度は学会でも認められたものの、その後、追試などによって否定されたということだ。これは科学的な手法としては正しく、正規の手続きが踏まれている。

カマキリは積雪量を予測して卵を生んでいない。最新の研究結果は果たして定着するのか
https://55096962.seesaa.net/article/504323381.html

論文の否定・取り下げはよくあることだし、いちど定説とされたものが覆されることも多々ある。かつてノーベル賞を受賞した日本人学者の先生も「Natureのような権威ある雑誌に載ったものでも間違いなことはよくある」と仰っていたが、まさにそのとおり。根拠を持って否定された説は、いくら話として面白くても使いまわしてはいけない。

ただ、どこがいけなかったのか、なぜ間違えたのかは知っておく必要がある。

というわけでちょっと資料とか探していたのだが、懇切丁寧にどこが間違いだったのか説明してくれている本があった。

カマキリに学ぶ (サイエンス・ウォッチ) - 安藤喜一
カマキリに学ぶ (サイエンス・ウォッチ) - 安藤喜一

カマキリ研究をしている別の学者先生による解説本。だが、カマキリの雪予報の間違いをいきなり書き始めるのではなく、「カマキリとはどういう生物で、どういう生態なのか」の説明から入り、「なので雪予報は根本的に成り立たない」という感じで前提から説明してくれている。単純に昆虫研究の本としても面白い。
あと、実験につ使うカマキリの卵を探してあちこち歩き回っているのだが、その部分の自分語りがウザくないのも好感度が高い。
(最近出たバッタ研究者の本で自分語りがちょっとウザくて閉口してしまったので…。研究内容には興味あるけど研究者そのものには別にそんなに興味ないんで…。)

昆虫好きにはオススメの本である。


中の人は幼少期にカマキリをたくさん飼ってて卵から孵化させたこともある。
なのでカマキリの生態についてはけっこう詳しいほうだと思うのだが、この本はさすが本職の研究者が好きで研究してるだけあって、そんな素人レベルははるかに越えていた。

まず、カマキリに明確な休眠状態がないというのが驚いた。
卵の状態で越冬するのだが、気温が25度あれば卵は生育するらしい。で、25度が40日続くと成長しきるみたいなので、残暑の厳しい年や温かい地方は、少し遅めに卵を生まないと、中途半端な時期に孵化してしまう。逆に、冬が早く来るなら早く生んでしまってもいい。
実際、この「時期をずらした産み分け」をやっているらしく、九州など南のほうのカマキリは遅く卵を生み、東北など北のカマキリは早く生むのだという。そして、その調整のために、成虫になるまでの脱皮回数すら違うのだという。知らなかった…。地元のカマキリしか育てたことないから地域差があるなんて知らなかった…。

そして、この生態の違いは地域差が大きく、南のカマキリを北につれてくると産卵時期を見誤って繁殖に失敗するそうだ。
カマキリがあんまり飛ばないのは知っていたが、飛ばない=あまり生息域を移動しない=その地域限定の生態を獲得している という話につながるとは思わなかった。

最近では昆虫や植物の遺伝子にも地域差があり、同じ種でもむやみに移動させないように、というのは自然教室などでも言われるようになっているが、カマキリはまさにその注意どおり、地域を移動させると死滅する昆虫だったのだ。

そして肝心の卵だが、雪に埋めるのはもちろん、水につけたり、塩水につけたり、野焼きに遭って真っ黒になった卵から何匹孵化してくるかを数えたりしている。そして、そのすべてで孵化が確認されている。
2011年の東日本大震災後にもカマキリは絶滅していなかったが、海水につけても卵は何日か生きていられるらしい。
カマキリの卵はふわふわした構造に包まれているが、あのクッションみたいな構造は衝撃や熱に強いだけでなく、耐水性にも優れているのだ。中にある空気の層によって温度が一定に保たれるし、水につけたままでも貯めてある空気で呼吸できる。

で、この実験結果をもとに、「だからカマキリの卵は別に雪に埋もれても問題ないし、積雪量の予報なんてする必要がない」という話になり、「実際に卵集めをしてみると、雪に埋もれてる卵はザラにあったよ」となるのである。
これだけ根拠並べて言われると、「なるほど…」としか言えない。科学的な立証の手順として文句のつけようがない。

では、「カマキリは雪に埋もれない場所に卵を生む」という誤解はどこから生まれたのか。
元々は雪国で、カマキリの卵が雪に埋もれない場所に産み付けられているのをよく見る、という民間伝承的な俗説だったらしい。だが、それは「たまたま雪の上に出ていた卵が目立ったから」ではないかという。観察してみると実際には、雪の中に埋もれている卵も沢山あるという。しかし人間はそれを見ることが出来ず、雪の上スレスレの目立つ位置にあるものだけが目撃されていた。
実験の結果、カマキリの卵は雪に埋もれても問題なく孵化してくることが分かっているので、べつに雪に埋もれない位置にうむ必要はなかったのだから。

そして、卵を生む高さは、その地域で卵を産み付けられる植物の種類、もしくは好条件の場所によるという。
スギの若木など樹木に生むなら、枝の細い場所を狙って高くなりがち。ススキの枝とかなら低くなりがち。夏に草を刈ったあと再度伸びたような場所ならさらに低くなる。
つまり、その地域で産卵に適した植物として何が生えてるかによってだいたい高さが決まる。積雪量とかは関係なかったのだ。

にもかかわらず、カマキリの雪予報が正しいとした論文では、その実際の高さに「補正値」を掛けてしまったのだという。雪が多い地方は木の枝が垂れるはずだ、として垂れるぶんの高さを補正する、など。
また、最初から「積雪より高い位置に卵があるはず」と想定して卵を探しているため、思い込みによるサンプルの偏りも出ている。というか、カマキリの卵は草原にだって産み付けられるのに、スギ林ばかりで卵探してたら、そりゃー産卵位置は高くなるに決まっている。

こうして、やり方を間違った統計が行われてしまい、「積雪量と卵の高さには相関がある!」という論文が出来上がってしまったのだ。
分かってしまえば、統計学の失敗あるあるである。サンプルの偏り、元々の数値の意味を変えてしまう補正値。さらに「卵を雪に埋めたら生存率は本当に下がるのか」といった追試も不十分。今の御時世ならX(twitter)とかでボコボコにされるやつである。
でも、当事はこれで研究成果として通ってしまった。専門家も間違いに気づかなかった。

間違いに気づいてからだと「なあんだ」な話だが、それは、答えを知っているからだ。すべての理論は、異なる切り口から追加検証され、再確認されて”正しさ"を増していく。だから科学の世界は面白いのである。


というわけで、自分も知らなかったカマキリの生態について色々学べる楽しい本だった。

なお、もう一つの俗説として「カマキリは交尾のさいにオスを食べてしまう」というものがあるが、これも実際には食べたりしない。自分も飼育下で実際に交尾をさせて観察したことがあるからわかる。オスは後ろからメスの背中に飛び乗って交尾して、そのあと素早く逃げていくので、食べられるのは交尾してない時期か、よっぽどどんくさいやつだけだと思う。

カマキリは共食いする生き物なので、1匹ずつしか飼えない。かつては私も小さなケースをいっぱい並べてカマキリを飼っていた。
動くものはなんでも食べ物とみなすのでたいていの昆虫は食おうとするし、むしろ虫じゃなくても食う。魚肉ソーセージに糸つけて目の前で振ったら食ってた。

あの頃は、虫を観察してはひとつずつ新しいことを発見していくのが楽しかった。今もその気持ちは変わらない。
何かを発見して知ることはとても楽しい。それが世の中の多くの人がまだ知らない何かなら尚更だ。
昆虫観察に目を輝かせていたかつての自分の心は、まだ、ここにある。無くさないように生きていきたい。


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あ、あと余談ですが、この本に出てきた「カマキリは1億年ほど存在している。1000年に一度の災害も10万回体験している。その程度なら大したことじゃない」という話、昆虫全般マジでそれだと思います…。地球上の生命体としては大先輩なんで、今の気候変動なんで「変動(笑)」くらいのノリじゃないかと思う。

ぽっと出の歴史の浅いクソザコ哺乳類が苦労してるからって虫たちも大変かってーと全然そうじゃないと思う。普通に新しい種を確立させて適応していくでしょ。保護してあげなきゃ! みたいな言説は、おこがましいと思うんですよね。デカいタテマエはともかく、もっとシンプルに「自分の推し虫が手の届く範囲から消えたら困る」とかの理論で正直に行動したほうがいい気がしている。