アッラーに滅ぼされたサムード族、何やらしかしたか調べてみた →神のもたらしたラクダ食っちゃった

少し前に、アラブの氏族体系みたいなのを調べていた。その時に、「最初にアラビア語を話していた二大部族」としてアード族とサムード族が上げられており、しかしどちらも神の怒りによって滅ぼされてしまった、という話しが出てきた。
で、アード族については伝承が見つかったのだが、サムード族については滅ぼされた原因が分からなかったので、載ってそうな資料を探しに行ってきた。

アラブ帝国の”血縁関係"というフィクション「アラブ系譜体系の誕生と発展」
https://55096962.seesaa.net/article/504993569.html

で、サムード族絶滅の伝承について詳細の載ってる本を見つけた。
こちらである。

ラクダの文化誌―アラブ家畜文化考― (法蔵館文庫) - 堀内勝
ラクダの文化誌―アラブ家畜文化考― (法蔵館文庫) - 堀内勝

載ってる本からして察しが付くと思うが、ラクダ絡みの伝承だった。
アラブ人はラクダを飼育化したことを誇りに思っており、神に賜ったものという意識もある。そのラクダ殺しが直接の引き金となっていた。

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サムード族は体が大きく、立派な体格をした人々だったらしい。これは「美丈夫」の表現かなと思う。
今はもう居ない、原アラブの美しい人々、だが姿は良くても信仰が無かった、という神話的な語りだろう。

まだアッラーの威光があまねく行き渡っていたわけではないその時代、「最後の預言者」であるムハンマドがもたらされる以前の時代にも、何人もの預言者たちがして活動していたとされる。そんな古い時代の預言者のひとり、サーリフは、信心の薄いサムード族のもとを訪れ、アッラーの奇跡を説く。
ならば岩からラクダを出してみせよ、とサムード族は無茶を言う。サーリフは祈り、みごと岩から、「黒毛でたてがみがあり、妊娠している」雌ラクダを呼び出して見せる。妊娠している子とは別に、雌ラクダの後ろには、子ラクダがついてきていた、ともされる。
このラクダは、ウルクーブと呼ばれていたそうだ。

旧約聖書にもよくある神の奇跡というやつだ。普通なら、これで「神は本当にいたんだ!」となるところだろうが、サムード族はそうではなかった。
神聖なラクダに対する信心もやがて薄れていき、ついには子ラクダともども殺して食べてしまった。

かくて神の堪忍袋の緒も切れてしまい、サムード族の集落は瓦礫の山と化し、生き残った人々はちりぢりとなって他の部族と混じり合い、消えてしまったのだという。


…うん、あれだな。

これは神、悪くない。ていうか一回目は「仕方ないにゃあ」で奇跡見せて様子見してるし、ラクダ食べられちゃったあとも皆殺しにはしてないから、まだ優しい。一神教の絶対神も、古い時代には手加減してくれることがあったんだなあ。まあ、最初にアラブ語話し始めた古い民族だし、この人たちを全滅させちゃうとその後のアラビア語の系譜も途絶えてしまうので、手加減せざるを得なかったのだろうが…。


ラクダを殺した直接の下手人は、クダール・イブン・クダイラ、またはクダール・イブン・サーリフといい、クダイラは母の名前、サーリフは父の名前らしい。彼はアラブ世界には珍しい赤毛で青い目をしていたとされ、赤毛は不吉や不細工の象徴だったという。

この「雌ラクダ殺し」はアラブ世界では有名なエピソードで、中世の文学では「クダール」は裏切り者とか悪人の代名詞となっていたらしい。「クダールよりも性悪な」という言い回しや「クダールのようなことをしないように」というものが出てくるそうだ。
岩からラクダが湧いたとか、サムード族が神によって離散の憂き目にあったとかいうのは神話的な表現だとしても、少なくとも、一族没落の原因を作った、突出した「誰か」は実在したのだろうな、と思わせるエピソードである。