ギリシャ人の作るスカラベ、エジプトとギリシャの融合体となる。/ナウクラティスのスカラベ工房に見る護符のあり方

少し前に、クレタ島に輸入されたエジプト神話の女神タウェレトが、とんでもない姿にされていたという話を調べた。
タウェトは雌カバの姿をしているのだが、クレタ島の人たちはカバを見たことがなく、時代が進むとどんどん原型が無くなって最終的に昆虫みたいなよくわかんない存在として描かれるようになる。

ミノア文明に輸入されたエジプト神タウェレトの転身「Minoan Genius」
https://55096962.seesaa.net/article/502635007.html

古代エジプトの神々や美術様式が異文化に持ち込まれて姿が変わるのは色々と事例があるが、今回はスカラベの話。
それも、ナイル下流のナウクラティスという、ギリシャ人入植地で作られた護符がなんだかわけわからんことになってるのである。

The significance of faience in the religious practices at Naukratis and beyond The significance of faience in the religious practices at Naukratis and beyond
https://www.academia.edu/39020707/The_significance_of_faience_in_the_religious_practices_at_Naukratis_and_beyond_The_significance_of_faience_in_the_religious_practices_at_Naukratis_and_beyond

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まあ実際見てもらったほうが早い。
紀元前7世紀後半~6世紀前半くらいにナウクラティスのスカラベ工房で作られた護符がこれ。

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ギリシャ美術見慣れてる人なら、馴染みの要素が入ってることにすぐに気がつくと思う。
たぶん羊のリュトンとスカラベの融合したやつですねこれ…
材質はファイアンス。スカラベは本来、フンコロガシを意味する言葉で、フンコロガシの形をしているはずなのに、フンコロ要素どこいった。もしかして虫が苦手なユーザーに忖度したやつなのか。

他にはアフリカ人の頭部になってるやつもある。このへんは文字すら適当で、ちょっとチープ。
スカラベの顔の部分だけ人面になっているものは古代エジプト本家のものが多数見つかっているが、スカラベの体すらなく顔だけというのは、斬新というか、もはやスカラベと呼んでいいのかも微妙になってくる。

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第二中間期のヒクソス人王朝のスカラベもだいぶ雑な作りだと思っていたけれど、まだこれよりは原型があった。

ヒクソス王朝のスカラベは字がお下手。第二中間期の「ヒクソス・スカラベ」について
https://55096962.seesaa.net/article/500865961.html

ヒクソス王朝は、支配者が外国人なだけで現地人官僚や現地でスカウトした職人もいたので、伝統的な形に寄せることが出来たのだと思うが、ナウクラティスは最初からギリシャ人入植地として作られた街で、住民もおそらくほぼ移民&ギリシャ文化側に寄っている人たちだったはずだ。
そのへんが、この原型のなさと、自由な改変に繋がっているのかもしれない…。


で、このスカラベ工房で作られた護符だが、古代エジプト人のようにミイラにつけるというよりは、日常使いの護符として紐を通して首から提げるなどされていたらしい。また、子どもの遺体とともに出てくることも多いことから、子どものお守りだったかもしれないという。
つまり、タウェレトと同じく、本家エジプトの伝統的な意味とは異なる意味・目的が持たされていた可能性がある。

工房で型から大量生産された様々なバリエーションの護符は、ひろく地中海世界に行き渡った。
現代でも、各地の発掘で「スカラベでてきました」というニュースを時々見かけるが、そりゃあ、これだけ大量生産されて広く行き渡ってればそうなるよねという感じ。このマップには入っていないが、インドでも出土事例はある。あと、中の人、エチオピアの博物館でスカラベ見つけて、ここまで来てんのかいって思ったことあるよ。

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↓こっちは同じ工房で作られていたパタイコスやホルスの隼などの護符の分布
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末期王朝時代の古代エジプトは、ギリシャ文化やアッシリア文化など、近隣の文化との融合がしばしば見られる。
来たるべきヘレニズム時代への前身を、ここに見ることが出来る。

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[>おまけ

【ケロッ★】古代エジプト→コプト教へのカエル信仰の変遷について
https://55096962.seesaa.net/article/202109article_23.html

古代には妊娠・出産の守り神だったカエルは、姿はそのままに信仰の内容が変わってしまった。
それでもイメチェンでキリスト教時代まで生き残ったので、この戦略はアリっちゃアリ。

「神聖なるかたち」、古代エジプト人の描いた「スカラベ」の特徴とは
https://55096962.seesaa.net/article/504324523.html

スカラベはカナブンを参考にして描こうとすると失敗するよ、という話。