本が出て数年なのにもう書き換え必要な箇所があるという現実、「人類の起源」

なんか本屋でプッシュしてたので適当に読んでみた。この本は、最近の研究を丁寧に拾ってバランスよくまとめた、本が出た当時の「最新」人類史の本である。
当時の、と言ったのは、既に書き換えの必要な箇所がいくつかあるから…。この本に出てくる内容のかなりの部分は、このブログでも論文などを拾ってきているので内容的には無難なところだなと思ったのだが、ここ数年の論文の内容はまだ入っていないのだ。

人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」 (中公新書) - 篠田謙一
人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」 (中公新書) - 篠田謙一

まずこれ、今年出た論文で、ヤムナヤ文化とウマの家畜化は時代がずれてることが確定した。
かつて言われていた紀元前4,500年ではなく、紀元前2,200年頃がウマが家畜化され種族として確定した時代となり、ボタイ遺跡のウマの骨は現代に繋がる系統でなかったことが判明した。これも、骨のDNAからの分析結果の一つ。

ウマはいつ家畜化されたのか: 追加研究が出て紀元前2,200年頃でほぼ確定に。各所の専門家は修正がんばって!
https://55096962.seesaa.net/article/503592080.html

なので、本の中に書かれている「ヤムナヤの人たちはウマを家畜化してウマや車輪の力を借りてヨーロッパに拡散し~」という、かつてよく使われていたフレーズは使えなくなってしまった。人類史を研究する学者も、騎馬遊牧民の歴史を研究する学者も、インド・ヨーロッパ語族の歴史を研究する学者も、まとめて根こそぎ影響を受ける。みんなで新しいストーリー構築頑張ってね! というわけだ。


また、ラパ・ヌイ(イースター島)住民と南米住民が800年前くらいに交流していたかもしれない、という話。
これは、2020年ごろだと確かに800年前。だが、今年出た論文ではもう少し時代が細かく割り出されていて、700年くらい前が中央値になっている。記述に矛盾があるわけではないが、研究が進んでもう少し詳細分かりましたよ、という感じ。

2020年時点↓

海を渡る人類 ~ポリネシア住民と南アメリカ先住民の出会いの証拠がまた一つ。
https://55096962.seesaa.net/article/202007article_7.html

2024年↓

イースター島は「モアイ作りすぎて戦争して人口が減った」わけではなかった、という論文と最近のトレンドについて
https://55096962.seesaa.net/article/504824568.html

他もちょこちょこ、最近の研究でもっと細かく出てるよなあってとこがあったので、将来、増補版とかが出るんじゃないかと思う。

その中で一つ気になったのが、人類拡散ルート、アラビア半島ルートは否定されるかもしれない、という部分。
これは最近のトレンドとして一般的なのかどうか。外野から見てるぶんには、あまり多くの学者が賛同してるわけではないと思うのだが…。

というのは、以下の赤い矢印をつけたルートのことである。
世界に拡散した現生人類は、東アフリカから拡散したことまでは分かっている。そのルートとして、エジプト経由でシリア・パレスチナ方面に抜けていったルートと、バーブ・エル・マンデル海峡を渡ってアラビア半島に入ったルートが考えられている。

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このうち、バーブ・エル・マンデル海峡を渡っていったほうは、点線にされていて、このルートは無かったかも? という書き方をされているだが、アラビア半島から遺物は見つかっているし、わりと最近も論文は出てたりする。

Modern Humans May Have Migrated Through Levant Wetlands
https://www.aaas.org/news/modern-humans-may-have-migrated-through-levant-wetlands

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ただ、どうもアラビア半島の居住跡は、そう長期間のものではないらしい。何度も途切れており、気候が悪化すると人の痕跡が消えている。なので、このルートで出ていった人たちの集団がそのままアジア方面まで抜けたかどうか分からない。

人類、アフリカを出たり入ったり。アラビア半島の砂漠から数々の証拠が見つかる
https://55096962.seesaa.net/article/202109article_5.html

人類の「出アフリカ」は一直線の道ではなかった。最近のトレンド学説が複雑怪奇に
https://55096962.seesaa.net/article/499465184.html

また、少し前の論文だが、以下だと「アラビア半島周りのルートはあまり使われず、多くはエジプトを出口としてアフリカを出ていったはず」となっている。

Tracing the Route of Modern Humans out of Africa by Using 225 Human Genome Sequences from Ethiopians and Egyptians
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0002929715001561

なので、アラビア半島ルートが点線にされる意味は分からなくもないのだが、このルートを完全に消してしまったら、遺物や遺跡の状況が合わなくなってしまうのではないかと思った。

あと、このルートは、人類が「海を越えた移住ルートを使っていた」という最古の証拠となり、ここが消えた場合、人類が海を渡るのはアジアまで到達してからが初、となってしまう。オーストラリアや日本に渡ったヒトがいたので、その時点(5-4万年前)には海を渡る能力を獲得していたことは確実なのだが、いきなり覚醒するわけもないし、浅瀬で舟を作るくらいの概念はその前にあったと思うんだよね。
とすれば、アラビア半島の前後の狭い海峡は渡れてたんじゃないかな、と思うのだ。


というわけで、内容的には妥当だし最新の説を拾っていってくれている本ではあるのだが、著者があとがきに書いているとおり、この手の本はたった数年でも内容を大きく変えなくてはならない発見が出る可能性があるのが宿命のようなもの。丸暗記するだけでは足りない。本が出た時には既に古くなっている説もあるかもしれない。DNAの分析ジャンルは、そのくらいホットなのだ。

やはり、興味を持ったジャンルがあるなら、ナマの論文から追うほうがリアルタイム性はあると思う。
(まあ本数めっちゃ出るうえに玉石混交なんだけどね。本職の人はあれ全部追えてるんだろうか…)