古代エジプト王の名前「五重名」の変遷と意味

古代エジプト王の名前は、基本的に五つセットである。
五重名とも呼ばれる。ただ、この五つがフルセットで分かっている王は意外と少なく、時代によっては一部が使われていない。

と、いう話を調べていたので、まとめておきたい。

●五重名フルセット揃ってる例

こちらのトトメス3世、エジプトの版図を最大にした古代覇王の五重名。
名前の順番は「ホルス名」「二女神名」「黄金のホルス名」「即位名」「誕生名」であり、最初の一文字目がどの名前なのかを表現している。

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赤い□をつけたいちばん左の文字は「ホルス」を意味する鷹なので、ホルス名。「二女神名」は文字通り、王権の守護者である二柱の女神のシンボルが添えられており、「黄金のホルス名」は金を意味する文字の上にホルスが載っている。
「即位名」はスゲとミツバチが書かれ、ネスゥ・ビトと読む。「誕生名」はサァ・ラー、ラー神の息子、という意味になる太陽+ガチョウになっている。

この五重の名前はは即位の際につけられたものと考えられている。
名前(古代エジプト語で「レン」)は、魂を守る重要なものされており、名前を知られる=呪いがかけられる、名前を失う=魂も失われる、のような思想があったため、王の名前を五重にすることは、魂に多重結界を張るようなものだったかもしれない。

神殿や彫像などでスペースが少ない場合には、最後の2つ、カルトゥーシュで囲まれた「即位名」「誕生名」だけ書いてあることも多い。
基本的に、この2つの名前はいちど決められたら変更されない。逆に言うと、残り3つは、実は可変である。複数持っている王もいる。


●「ホルス名」「二女神名」「黄金のホルス名」は何のためにあるかよく分かってない

これらの名前は、中王国時代以降の王では残っている人が少なくないのだが、ぶっちゃけ何を意味する名前なのかがよく分からない。
即位名=即位の際に与えられる王名 誕生名=生まれた時から持っている個人の名前 として、残りは一体、何なのか。学者ごとに意見が違い、もしかしたら時代によっても意味合いが異なっていたかもしれない。

たとえば「二女神名」は上エジプトの守護女神ネクベトと、下エジプトの守護女神ウアジェトを並べたシンボルの下に書かれているが、「上下エジプトの王」という意味なのだとすると、「即位名」のネスゥ・ビト、スゲとミツバチと意味合いが被ってしまうのだ。
ちなみに、スゲは下エジプトの象徴、ミツバチは上エジプトの象徴。
「黄金のホルス名」も、ただの「ホルス名」と意味合いは被る。


●「即位名」「誕生名」以外の名前は増える

何のためにあるかよく分かっていない理由の一つが、「増える」からでもある。王によっては、建造物によってホルス名が違っていたり、二女神名を二つ以上書いてあったりして、名前は即位した時に決めた五つのみ、というルールでもないらしい。
顕著なのがラメセス2世。建築マニアで各所に神殿やオベリスクを建てまくっている人なのだが、それぞれに書いてある名前のセットが違う。名前の資料が一人だけ分厚い。確かに即位年が長いのだが、2年に1回くらいのペースで名前増やしてません…? っていう感じである。

新王国時代の王は、なぜか残り3つの名前を増やしまくるので、変わらない「即位名」と「誕生名」のセットで判別するしかない。


●古くは「ホルス名」が即位名の扱いだった

古王国時代の王たちが前面に出してくる名前はホルス名であり、建造物などに書かれているのも基本的にホルス名。
これは、古王国時代の王たちは現人神として神格化される傾向が強く、「ラー神の息子」ではなく「神そのもの」「生けるホルス」と考えられていたことと関係しているとされる。
王には隠された名がある、という思想もあったようで、古王国時代の王たちの誕生名が知られていないのは、おそらく「本名は明かさず、呪いをかけさせない、軽々しく呼ばせない」という方針だったのではないかと思う。

即位名・誕生名が前面に押し出される時代は末期王朝までで、プトレマイオス朝時代になると五重名は形骸化していき、誕生名の「プトレマイオス」とか「クレオパトラ」とかが、そのまま王名として使われるようになる。


●正式な名前ではない「エピセット」

あだ名のようなものかもしれない。たとえば「アメン神に愛されし者、xx王」とか「国土の調和者、xx王」のように、名前に前置き的なものがつけられている事例が多く見られる。これも名前の一部としてカウントしていいのなら、数がかなり増える。
エピセット+5つの名前となると、王名だけで碑文がめちゃくちゃ長くなるのもおわかりいただけると思う。フルで覚えないといけない書記はマジ大変。お疲れ様です。



というわけで…
結論、古代エジプトの王名ぜんぶ調べるのはすごく大変★
名前リストだけで本一冊でてるのも分かるんだよな。

そして、名前は分かっているのに、名付けの法則や、どんな儀式を経て、誰がどういう基準で名付けていたのかが、あまりよく分からないという。アクエンアテンの事例のように、王自身の意向も多少は入ってたんだろうけど、たぶん神官が候補出したりしてたんだろうなあ。一応、中に入っている神名や単語のチョイスで、時代の傾向は読み取れます。

The Great Name: Ancient Egyptian Royal Titulary (Writing from the Ancient World) - Leprohon, Ronald J., Doxey, Denise M., Ph.D.
The Great Name: Ancient Egyptian Royal Titulary (Writing from the Ancient World) - Leprohon, Ronald J., Doxey, Denise M., Ph.D.