エジプト神話の「原初の水ヌン」とはどんな水なのか。世界の始まりのイメージ構築に必要なもの

最初の陸地が泥水の中から生まれる、という神話は、世界中に多く存在する。日本神話の「おのころ島」も泥水の中から生まれている。メソポタミアの神話や、エジプト神話でも世界の始まりにある水は濁った水のイメージだ。
透明な水ではなく泥水でなければならないのは、豊富な有機物を含む水場でなければ生命の誕生する気配が無いからだ。透明すぎる清らかな流れは栄養が少なく、生物の気配に乏しい。これでは世界の始まりにふさわしくはない。

というわけで、初っ端で結論は出ているのだが、エジプト神話の「世界のはじまり」、混沌の水ヌンは泥水でなければ意味がない。透き通った清流から世界は誕生出来ない。
こないだ行ってきたイベントで流されていた映像で違和感のあった部分でもあるが、せっかくなので「原初の水」に関する神話の描写を改めて整理しておきたい。


●神話における「原初の水」

「死者の書」など、神話テキストに現れる世界の始まりの水「ヌン」は、形のない混沌の海とされている。
まだ天地も太陽も誕生していなかった頃、世界を覆っていた深淵であり、そこに最初に太陽が生まれて世界を照らし始めたあと、秩序が誕生する。天であるヌト女神、地であるゲブ神は太陽のあとに誕生する原初の神々だ。
ただし、世界に秩序が誕生したあとも、混沌たる原初の水は世界の終焉に存在し続ける。そこは、死産児や罪人の魂が住まうところとされ、混沌の化身である大蛇アポピスの住まいでもある。

基本的に否定的なイメージが付加された場所なのだが、豊かさもそこから生まれてくる。ナイルの増水はヌンから生まれる、という思想もあり、太陽神が夕方に死んで地下の冥界に潜ったあと、毎夜ヌンのもとで新しく生まれ変わるという考えもあった。この場合のヌンは「誕生」、「再生」の属性を持つ場所でもある。


●原初の水に関連する神々

まず第一が、原初の水に住まう最初の神々とされた八柱神(オグドアド)。エジプト神話にはいくつかの創世神話バリエーションがあるが、その中でもヘルモポリス系と言われる神話では、四柱ずつの男神・女神、全部で八柱の神々が太陽を創造したとする。この神々はそれぞれ、蛙と蛇の姿をしている。
ヘビやカエルが住むならば流れの緩やかな濁った水だろうと想像できる。日本の場合は田んぼの縁のイメージだ。

この八柱の中にも「ヌン」という、原初の水と同じ名前を持つ神がいる。
ヌンとナウネト(ヌンという言葉を女性化したもの)という組み合わせの神々の意味するところはそのまま、「原初の水」「混沌」である。

ヘルモポリス系の神話では、太陽だけでなくロータス(スイレン)の花もオグドアドが創造した、とされている。ロータスの咲く水辺も、下に泥の溜まっているような、あまり流れの急ではない水辺になる。

他には、メヘトウェレト女神なども原初の水の化身とされている。


●実際の自然現象

「地下世界に水がある」「ナイルの増水がその水から生まれる」という神話は、実際の自然現象から来ている可能性もある。ナイルの氾濫原は広く、河川は何度も流れを変更しているため、かつての河床だった場所に水が染み出すことがある。とくにナイルの増水時には、胆汁に川の水位が上がるだけではなく、川べりの土から水がじわじわ染み出してくる現象がある。
この現象は、「世界の下には水の広がる世界がある」というイメージに繋がったと思う。

そしてナイルの増水の水は透明ではなく、上流から流れてくる土を含んだ濁った水である。というか試しにコップにすくうと下の方に泥がモチャァ…って沈殿するので、泥水と呼んでいいと思う。


基本的なイメージの原型はだいたいこのへん。
負の世界でありながら生命を生み出す場所、地下の奥深くに広がる混沌の海、秩序で守られた世界の外側にあるもの。明るく透明な水のイメージにはならない。
生命の象徴であるスイレンの花は、暗く濁った泥の下から咲く。生命力を表すパピルスは、川辺の泥の中に生える。エジプト神話の中で豊穣や再生を意味する水棲の動物、ハイギョやウナギなども、泥の中から出現する。古代エジプト人にとっての生命をはぐくむ水辺は、濁った水のイメージだったはずだと思う。