古代エジプトにはなぜ、女性の書記がいないのか。”史実”を”政治的正しさ"で上書きしてはいけない理由について
アサシンクリードの最新作、シャドウズが炎上している話は以前書いたが、制作側が何が悪いのか分かっていなくて火に油を注ぎ続けているため、さらに炎上は続いている。というか新しいトレイラーや情報が出るたびに「なんやこれ…」ってなる要素が多すぎて、さすがに援護も無理筋になってきた。
マジで、ゲーム内に登場する文化が「今も継続している歴史で、担い手が居る」ってことを理解せずに作ったんだな…。って感じ。
ただ、以前書いたように、やってること自体は過去作でやったことと同じである。
史実をベースに作り上げたファンタジー世界なので、本来は「まぁゲームだしな」で済んでいた話。ただ、史実として見るのなら、過去作にも大量にツッコミどころはあったのだ。特にエジプトが舞台のオリジンズについて、マニアとしては許容範囲外の史実改変は何箇所もあった。
以前書いた元ネタ解説の記事では触れなかったが、「古代エジプトには女性の書記はいなかったのに、書記学校に女児もいた」。これは、許容範囲外の改変の一つである。
ゲーム本編とは別の解説編、ディスカバリー・モードでは、「史実ではいなかったことは分かっているが、私たちはいるべきだと考えて入れた」というような、ポリコレ思想的な解説がつけられていたので、これは意図的な改変だったと分かる。
だが、女児を書記学校に通わせてしまうと、古代世界が成立しなくなる。
「なぜ女性の書記はいなかったのか」という理由が、紀元前2,000年のエジプトならではの内容だからだ。
古代エジプトでは、女性の書記は、社会的な理由で存在出来なかったのである。
・女児が毎日学校に通う安全性が保証されていない
・結婚適齢期になったら結婚して家庭をもうけるので勉強しても書記として働けない
・古代世界の平均寿命はエリート層ですら40歳未満、長生きして40歳の世界なので「子どもが一人前になってから働く」のような概念も無い
・そもそも女性は出産時の死亡率も高い
・限られた教育コストは男性に集中して注ぎ込まざるを得ない、そうしなければ書記を必要とする官僚制度の維持は不可能
→ 女性の書記は存在しない(女性を教育する余裕がない)
他の古代世界もそうだと思うが、古代エジプトでは、ほとんどあらゆる職業に男女の差があった。つまり、男性しか就けない職業、女性しか就けない職業があった。
たとえば、兵士やロバ引き、船大工、石工など、多くの職業は男性限定である。体力を使う家の外での仕事のほとんどが男性で、女性は室内仕事が多い。また、織物など一部を除けば、特殊技能を必要とする仕事のほとんどは男性の仕事である。
外国に出かけていく役目は常に男性だし、書記の技術を必要とする役人や神官も男性。(神官は一部、女神に仕える場合や、「神の妻」という役職の場合は女性もいる)
これらの傾向から見えることは、女性は基本的に、家の中で「守られている」存在だということだ。
家の中に閉じ込められている、などと思うのは現代的な考え方だろう。古代世界では、家の外には様々な危険がある。争いごと、ヘビや野良犬のような野生動物の危険、人さらいや強盗のような悪党。
洗濯を職業とする人は、川辺でワニに襲われることを常に恐れていたと「職業の風刺」にもある。
つまり、室内で仕事を出来ること、室内で生きていけるというのは、恵まれた環境になる。
そんな中、女児が毎日、書記学校に通うことはどれほど現実的なのか。
もちろん町中で近所であれば通うことは不可能ではないだろうが、書記学校がすべての村落にあるわけではないので、周辺の村から通う、などということもあったはずだ。それは危険を伴う行為である。
現代でも、子どもが一人で学校に通える国はそれほど多くない。日本の通学風景が珍しいと、中国人が写真を撮っていくくらいなのだ。
ちなみに、室内から出なければ、そして学校に通わないのなら、女性でも勉強することは出来た。お金持ちは家庭教師を雇って女性にも教育を施していた形跡があるからだ。王家などはその最たるもので、王女にも教育係をつけた記録がある。
これは、教育コストを女性にもかけるだけの余裕のあった富裕層ならではの傾向だろう。
なお、当たり前だが、男児の場合でも、経済的な余裕がなければ書記学校に通うことは出来ない。
読み書きを覚えるのには何年もかかる。その何年もの間、労働力である子どもを学校に行かせ、授業料を払える親は、そう多くはない。(しかも学校に通ったからといって、必ずモノになるとは限らない。途中でドロップアウトする子もいたはずなので…。)
また女児は、いずれ年頃になれば嫁いでいき、子どもを生む。
古代エジプトでは、おそらく15歳位には結婚適齢期に入っていた。つまり、書記の訓練を受けたとしても、一人前の書記になるか、ならないかくらいの時期に家庭に入ることになり、勉強しても就職が出来ない。だとすれば、最初から教育コストは割かないという選択肢になるだろう。
女性に、結婚しないで一人で生きていくとか、子どもを持たずに生きるとかいう選択肢があるのも、現代ならではである。
古代世界では、夫を持たず、子どももいないお一人様は、貧しい暮らしをして早死するか、女性どうしの助け合いの中で細々と生きながらえるしか無い。そもそも、男性ですらそれは厳しいのだ。働いている間、誰が食事の準備をして、家の掃除をしてくれるのか。病気になったら、誰が看病してくれるのか。敬老割引も年金も当然ない時代に、年老いた身で貯蓄だけで生きていけるのか。
端的に言うならば、水道もない時代に、腰が痛くて水くみに行けなかったら水も飲めない。水売りに毎日頼んでいたら資金はすぐに底をつくだろうから、よほど裕福でもなければ一人で老後を過ごすことは不可能だ。
このように、年を取ったら子どもたちに養ってもらう、というのが基本的な考え方の古代世界では、子どもを持たないのなら、養子でも取らない限り、「働けなくなったら死ぬ」に等しい意味となる。
また、そもそも子どもの死亡率が現代よりはるかに高く、女性も、お産で亡くなる危険性があった時代である。そして平均寿命が、栄養状態のいいエリート層ですら40歳未満だった世界である。
子どもを何とか生き残らせ、子孫を繋いで社会を維持するためには、結婚適齢期の女性が結婚して子どもをたくさん産む必要があったのだ。それ以外の生き方は、社会的に許されない。たとえ優秀な女性がいても、書記やらせて子どもを産まなくてもいいことにする、という選択肢は無かったのだ。
で、そこまでやっても古代世界の人口の増加率はとてもゆるやかで、ほとんど増えていない。
女性たちが若くしてたくさんの子どもを産んで、ようやく文化を継承出来たくらい。子どもが成人に達して、自分も無事に生き残れるというのは、とても幸運なことだった。
実際、若くして亡くなった遺体や、出産時の死亡で赤ん坊とともに葬られた女性たちのミイラもたくさん見つかっている。これが現実である。
男女平等で、女性も男性と同じ職業に就けるべき! とか、結婚はしたい時にすればいい、遅くても構わないしなんならしないのも自由! とか言えるのは、人生が80年近くあり、子どもがほとんど死なず、女性は高齢出産でもお産の危険性が大幅に低減されている現代だからこそ許される贅沢と知っておくべきだろう。
なので、古代世界で生きる厳しさをマジメに考えるのならば、現代人の男女平等の理想を古代世界に持ち込むのは、その世界観に対する侮辱にすらなっている。政治的な「あるべき」論で、”なぜ、この時代のこの場所ではこうなっていたのか”という、理由や意味を上書きしてはいけない。それをやってしまうのは、自分がうわべの知識しか持たず、何も理解しようとしていないと告白するのに等しいのだ。
いや、ていうか、まさに、そのスタンスのまんま次作、次次作と出してきたから、今こんな炎上してるんですけどね…。
ツッコミを主要スタッフの誰もまともに受け取らなかったか、単なるオタクの戯言と思ってたんでしょうけどね…。
「なんでオリンピックに女性がいるんだよ」とか「女はヴァイキングやらねぇんだよ」とか散々ツッコまれてもスルーされてましたしね…。政治的な正しさの前に、舞台となっている時代/場所の文化的な背景は全て無視された結果がこれ。まあ、ほんと「昔からこういうシリーズなんです」としか。
これで、完全にファンタジーですってノリならまだ許されたところはあったと思うんですよ。もともと、第一文明とかトンチキSF要素もあるシリーズなのでね。史実とか言っちゃったからこうなった。
宣伝する側が全然分かっていないので、どうせ炎上おさまらないんでしょうけど、改めて言っておきたい。
「過去作もけっこうツッコみどころはあった、単に古代世界だったからツッコむ人が少なかっただけ」。
シリーズ作の数が増えるごとに、妙なポリコレ思想がどんどん強くなっていき、改変の傾向が良くない方向に固まるようになってきたアサクリシリーズ。
「なぜ、その役目は男性だけなのか」とか「なぜ女性のxxはいなかったのか」の理由を考えもせず、現代人の感覚で「男女平等であるべき」とする思い上がりが消えない限り、同じような炎上は何度でも繰り返されるんでしょうね。
マジで、ゲーム内に登場する文化が「今も継続している歴史で、担い手が居る」ってことを理解せずに作ったんだな…。って感じ。
ただ、以前書いたように、やってること自体は過去作でやったことと同じである。
史実をベースに作り上げたファンタジー世界なので、本来は「まぁゲームだしな」で済んでいた話。ただ、史実として見るのなら、過去作にも大量にツッコミどころはあったのだ。特にエジプトが舞台のオリジンズについて、マニアとしては許容範囲外の史実改変は何箇所もあった。
以前書いた元ネタ解説の記事では触れなかったが、「古代エジプトには女性の書記はいなかったのに、書記学校に女児もいた」。これは、許容範囲外の改変の一つである。
ゲーム本編とは別の解説編、ディスカバリー・モードでは、「史実ではいなかったことは分かっているが、私たちはいるべきだと考えて入れた」というような、ポリコレ思想的な解説がつけられていたので、これは意図的な改変だったと分かる。
だが、女児を書記学校に通わせてしまうと、古代世界が成立しなくなる。
「なぜ女性の書記はいなかったのか」という理由が、紀元前2,000年のエジプトならではの内容だからだ。
古代エジプトでは、女性の書記は、社会的な理由で存在出来なかったのである。
・女児が毎日学校に通う安全性が保証されていない
・結婚適齢期になったら結婚して家庭をもうけるので勉強しても書記として働けない
・古代世界の平均寿命はエリート層ですら40歳未満、長生きして40歳の世界なので「子どもが一人前になってから働く」のような概念も無い
・そもそも女性は出産時の死亡率も高い
・限られた教育コストは男性に集中して注ぎ込まざるを得ない、そうしなければ書記を必要とする官僚制度の維持は不可能
→ 女性の書記は存在しない(女性を教育する余裕がない)
他の古代世界もそうだと思うが、古代エジプトでは、ほとんどあらゆる職業に男女の差があった。つまり、男性しか就けない職業、女性しか就けない職業があった。
たとえば、兵士やロバ引き、船大工、石工など、多くの職業は男性限定である。体力を使う家の外での仕事のほとんどが男性で、女性は室内仕事が多い。また、織物など一部を除けば、特殊技能を必要とする仕事のほとんどは男性の仕事である。
外国に出かけていく役目は常に男性だし、書記の技術を必要とする役人や神官も男性。(神官は一部、女神に仕える場合や、「神の妻」という役職の場合は女性もいる)
これらの傾向から見えることは、女性は基本的に、家の中で「守られている」存在だということだ。
家の中に閉じ込められている、などと思うのは現代的な考え方だろう。古代世界では、家の外には様々な危険がある。争いごと、ヘビや野良犬のような野生動物の危険、人さらいや強盗のような悪党。
洗濯を職業とする人は、川辺でワニに襲われることを常に恐れていたと「職業の風刺」にもある。
つまり、室内で仕事を出来ること、室内で生きていけるというのは、恵まれた環境になる。
そんな中、女児が毎日、書記学校に通うことはどれほど現実的なのか。
もちろん町中で近所であれば通うことは不可能ではないだろうが、書記学校がすべての村落にあるわけではないので、周辺の村から通う、などということもあったはずだ。それは危険を伴う行為である。
現代でも、子どもが一人で学校に通える国はそれほど多くない。日本の通学風景が珍しいと、中国人が写真を撮っていくくらいなのだ。
ちなみに、室内から出なければ、そして学校に通わないのなら、女性でも勉強することは出来た。お金持ちは家庭教師を雇って女性にも教育を施していた形跡があるからだ。王家などはその最たるもので、王女にも教育係をつけた記録がある。
これは、教育コストを女性にもかけるだけの余裕のあった富裕層ならではの傾向だろう。
なお、当たり前だが、男児の場合でも、経済的な余裕がなければ書記学校に通うことは出来ない。
読み書きを覚えるのには何年もかかる。その何年もの間、労働力である子どもを学校に行かせ、授業料を払える親は、そう多くはない。(しかも学校に通ったからといって、必ずモノになるとは限らない。途中でドロップアウトする子もいたはずなので…。)
また女児は、いずれ年頃になれば嫁いでいき、子どもを生む。
古代エジプトでは、おそらく15歳位には結婚適齢期に入っていた。つまり、書記の訓練を受けたとしても、一人前の書記になるか、ならないかくらいの時期に家庭に入ることになり、勉強しても就職が出来ない。だとすれば、最初から教育コストは割かないという選択肢になるだろう。
女性に、結婚しないで一人で生きていくとか、子どもを持たずに生きるとかいう選択肢があるのも、現代ならではである。
古代世界では、夫を持たず、子どももいないお一人様は、貧しい暮らしをして早死するか、女性どうしの助け合いの中で細々と生きながらえるしか無い。そもそも、男性ですらそれは厳しいのだ。働いている間、誰が食事の準備をして、家の掃除をしてくれるのか。病気になったら、誰が看病してくれるのか。敬老割引も年金も当然ない時代に、年老いた身で貯蓄だけで生きていけるのか。
端的に言うならば、水道もない時代に、腰が痛くて水くみに行けなかったら水も飲めない。水売りに毎日頼んでいたら資金はすぐに底をつくだろうから、よほど裕福でもなければ一人で老後を過ごすことは不可能だ。
このように、年を取ったら子どもたちに養ってもらう、というのが基本的な考え方の古代世界では、子どもを持たないのなら、養子でも取らない限り、「働けなくなったら死ぬ」に等しい意味となる。
また、そもそも子どもの死亡率が現代よりはるかに高く、女性も、お産で亡くなる危険性があった時代である。そして平均寿命が、栄養状態のいいエリート層ですら40歳未満だった世界である。
子どもを何とか生き残らせ、子孫を繋いで社会を維持するためには、結婚適齢期の女性が結婚して子どもをたくさん産む必要があったのだ。それ以外の生き方は、社会的に許されない。たとえ優秀な女性がいても、書記やらせて子どもを産まなくてもいいことにする、という選択肢は無かったのだ。
で、そこまでやっても古代世界の人口の増加率はとてもゆるやかで、ほとんど増えていない。
女性たちが若くしてたくさんの子どもを産んで、ようやく文化を継承出来たくらい。子どもが成人に達して、自分も無事に生き残れるというのは、とても幸運なことだった。
実際、若くして亡くなった遺体や、出産時の死亡で赤ん坊とともに葬られた女性たちのミイラもたくさん見つかっている。これが現実である。
男女平等で、女性も男性と同じ職業に就けるべき! とか、結婚はしたい時にすればいい、遅くても構わないしなんならしないのも自由! とか言えるのは、人生が80年近くあり、子どもがほとんど死なず、女性は高齢出産でもお産の危険性が大幅に低減されている現代だからこそ許される贅沢と知っておくべきだろう。
なので、古代世界で生きる厳しさをマジメに考えるのならば、現代人の男女平等の理想を古代世界に持ち込むのは、その世界観に対する侮辱にすらなっている。政治的な「あるべき」論で、”なぜ、この時代のこの場所ではこうなっていたのか”という、理由や意味を上書きしてはいけない。それをやってしまうのは、自分がうわべの知識しか持たず、何も理解しようとしていないと告白するのに等しいのだ。
いや、ていうか、まさに、そのスタンスのまんま次作、次次作と出してきたから、今こんな炎上してるんですけどね…。
ツッコミを主要スタッフの誰もまともに受け取らなかったか、単なるオタクの戯言と思ってたんでしょうけどね…。
「なんでオリンピックに女性がいるんだよ」とか「女はヴァイキングやらねぇんだよ」とか散々ツッコまれてもスルーされてましたしね…。政治的な正しさの前に、舞台となっている時代/場所の文化的な背景は全て無視された結果がこれ。まあ、ほんと「昔からこういうシリーズなんです」としか。
これで、完全にファンタジーですってノリならまだ許されたところはあったと思うんですよ。もともと、第一文明とかトンチキSF要素もあるシリーズなのでね。史実とか言っちゃったからこうなった。
宣伝する側が全然分かっていないので、どうせ炎上おさまらないんでしょうけど、改めて言っておきたい。
「過去作もけっこうツッコみどころはあった、単に古代世界だったからツッコむ人が少なかっただけ」。
シリーズ作の数が増えるごとに、妙なポリコレ思想がどんどん強くなっていき、改変の傾向が良くない方向に固まるようになってきたアサクリシリーズ。
「なぜ、その役目は男性だけなのか」とか「なぜ女性のxxはいなかったのか」の理由を考えもせず、現代人の感覚で「男女平等であるべき」とする思い上がりが消えない限り、同じような炎上は何度でも繰り返されるんでしょうね。