歴史本と見せかけて社会心理学寄り「イスラエルの起源 ロシア・ユダヤ人が作った国」
本屋通りかかった時にふと見つけて、なんとなく立ち読みしてみたけど内容がよくわからん…というわけで買ってきてじっくり読んでみたら、だいたい言いたいことは分かった。というか歴史本ではない。ジャンル的には社会学、それも社会心理学寄りの内容という、タイトルや表紙からだけでは分からない、珍しいテイストの本であった。

イスラエルの起源 ロシア・ユダヤ人が作った国 (講談社選書メチエ) - 鶴見太郎
この本を読む前に前提として持っておいたほうがいい知識は、以下のあたりである。
・イスラエルにユダヤ人の国を立てよう、という動きはシオニズムと呼ばれる。1890年くらいから盛り上がり始めたもので、ロシア、ポーランド、ドイツなど東欧を中心に盛り上がった。ヨーロッパからイスラエルに移住した人たちは基本的にこのシオニズムに共感した人
(ヨーロッパ以外から移住した人は別。特にアラブ諸国から移住した人たちは、イスラエルが強引に建国されて自国でのユダヤ人に対する風当たりが強くなったため仕方なく移住した人も多い)
・ユダヤ人とイスラエル人は別。ユダヤ人と自認する人たちは世界に多くいるが、そのうち半分しかイスラエルに住んでいない。
また、必ずしもイスラエルに対して好意的なわけではない。(反シオニズムのユダヤ人もいる)
・ソ連崩壊以前、ロシアにはたくさんのユダヤ人がいた
1990年代のソ連崩壊以降、100万人とも言われる大量のユダヤ人がイスラエルに移住したため、現在のイスラエルにはロシア系ユダヤ人が非常に多い(しかし彼らは必ずしもユダヤ人とは認められず、今もロシア語のみで暮らしている人はいる)
補足知識になりそうな本はこのへん。

イスラエル (岩波新書) - 臼杵 陽

ユダヤ人の起源 (ちくま学芸文庫 サ 38-1) - シュロモー・サンド, 高橋 武智, 佐々木 康之, 木村 高子
で、本題に戻ると、初期のシオニズムに身を投じていったロシア在住のユダヤ人たちは、いったいどういう心境でそうしたのか、というのが、この本のテーマである。
そう、「どういう心境で」、「どういう行動原理で」という、当人が生きていたとしても証明しようのないものがテーマとなっている。だが、そもそも社会心理学とは、行動が心情を証明する という考え方をする心理学ジャンルである。つまり「xxしたい」と思うだけで行動しなかったものは考慮しない。実際に「xxしたい」から行動した場合のみ、その人の心理状態として考慮する。
また、心理学をよく知らない人が便利ツールみたいに頻繁に使う「認知不協和理論」とかも社会心理学の分野だ。この本でも、ロシア人としての自己、ユダヤ人としての自己といった自分の複数の側面が不協和を起こした時にどうするか、という話は出てくるが、認知不協和理論のような表面的な話ではなく、自己のアイデンティティ形成に関わる話である。
人は誰しも、複数のコミュニティに所属し、複数の側面を持つ。社会人ならば、職業に属する自分と、家庭に属する自分、どちらでもない趣味の世界の自分などの側面を持つだろう。それぞれが連動するのか、融合して一体化しているのか、相反するためにうまく折り合いをつけて切り替えているのか、などは人による。
他人から見ると行動が矛盾してるように見えるけど、本人の内部では一本筋が通っていたりする。
この本が社会心理学寄りだと言ったのは、まさに、この「本人の中でどういうスジ通してこういう行動とってたのか」というところがテーマだからだ。
イスラエル建国以前、ロシアに住んでいたユダヤ人は、ロシアに対して帰属意識を持つプチブルジョワ層が多く、自分たちこそがロシアをヨーロッパ寄りの文明国にするのだと自負していたという。ポグロム(ユダヤ人迫害)を行った白軍を支持していたのも、白軍のほうが文明化の理想に近かったからだという。
だが、歴史の顛末を知っている人からすれば自明のとおり、ロシアでは赤軍が勝利して共産主義国になっていく。それはロシアのユダヤ人たちにとっては受け入れがたい敗北でもあった。その中で、ロシアとの繋がりは弱まっていったはずだという。
つまりは、祖国だったロシアに幻滅して、ロシアとしてのアイデンティティを失い、ユダヤ人としてのアイデンティティに一本化されたのが、シオニズムに繋がる大きな流れの一つだった。
ロシアだけではなく、ばらばらの場所に暮らしていたヨーロッパのユダヤ人たちの間で、アイデンティティの変化と、新たな自己像が模索された時代に、他者との融和や、既存の国家に溶け込むユダヤ人の在り方というものが変化する。自分たちだけの理想の国を作り、壁を築いて他者を排除する…。
少なくとも、そうした「戦うユダヤ人」の自己像を持つ人たちが、最初のイスラエル建国の動きを作り、同時に、建国予定地の住民を虐殺してナクバ(大離散)やパレスチナ難民を発生させたのだろう。
ただ、今まで各所でさんざん言われているとおり、この本に書かれているようなユダヤ人の心境の変化や、シオニズムやイスラエルの建国といった理想は、あくまで「ヨーロッパの」ものなのである。パレスチナに先祖代々ずっと暮らしてきたユダヤ教徒や、周辺アラブ諸国にいたユダヤ教徒にとっては、全然関係ない。オスマン帝国が解体されたときにヨーロッパ列強が介入したのは確かだが、だからといって祖国や故郷とのつながりは変わらなかった。
彼らにとっては、「ヨーロッパ人」であるヨーロッパ在住ユダヤ人がパレスチナに大挙してやってきて、なんかしらんけど皆にケンカ売って勝手に国とか作り出したんだけど…? みたいな感じ。めっちゃ迷惑だっただろうな…。長年キリスト教徒やアラブ人ともよろしくやってきたのに、よそ者がめちゃくちゃやったせいで、同じユダヤ教徒のあいつらもヤバくね? って白い目で見られるようになるんだから。
この本を読みながら、やっぱこの話ってヨーロッパで完結してるんだよなあ…と改めて思った。
ロシアが赤化するのは止められなかったにしても、強引な建国のあたりの下り、もうちょっと何とかならなかったんですかねえ…。

イスラエルの起源 ロシア・ユダヤ人が作った国 (講談社選書メチエ) - 鶴見太郎
この本を読む前に前提として持っておいたほうがいい知識は、以下のあたりである。
・イスラエルにユダヤ人の国を立てよう、という動きはシオニズムと呼ばれる。1890年くらいから盛り上がり始めたもので、ロシア、ポーランド、ドイツなど東欧を中心に盛り上がった。ヨーロッパからイスラエルに移住した人たちは基本的にこのシオニズムに共感した人
(ヨーロッパ以外から移住した人は別。特にアラブ諸国から移住した人たちは、イスラエルが強引に建国されて自国でのユダヤ人に対する風当たりが強くなったため仕方なく移住した人も多い)
・ユダヤ人とイスラエル人は別。ユダヤ人と自認する人たちは世界に多くいるが、そのうち半分しかイスラエルに住んでいない。
また、必ずしもイスラエルに対して好意的なわけではない。(反シオニズムのユダヤ人もいる)
・ソ連崩壊以前、ロシアにはたくさんのユダヤ人がいた
1990年代のソ連崩壊以降、100万人とも言われる大量のユダヤ人がイスラエルに移住したため、現在のイスラエルにはロシア系ユダヤ人が非常に多い(しかし彼らは必ずしもユダヤ人とは認められず、今もロシア語のみで暮らしている人はいる)
補足知識になりそうな本はこのへん。

イスラエル (岩波新書) - 臼杵 陽

ユダヤ人の起源 (ちくま学芸文庫 サ 38-1) - シュロモー・サンド, 高橋 武智, 佐々木 康之, 木村 高子
で、本題に戻ると、初期のシオニズムに身を投じていったロシア在住のユダヤ人たちは、いったいどういう心境でそうしたのか、というのが、この本のテーマである。
そう、「どういう心境で」、「どういう行動原理で」という、当人が生きていたとしても証明しようのないものがテーマとなっている。だが、そもそも社会心理学とは、行動が心情を証明する という考え方をする心理学ジャンルである。つまり「xxしたい」と思うだけで行動しなかったものは考慮しない。実際に「xxしたい」から行動した場合のみ、その人の心理状態として考慮する。
また、心理学をよく知らない人が便利ツールみたいに頻繁に使う「認知不協和理論」とかも社会心理学の分野だ。この本でも、ロシア人としての自己、ユダヤ人としての自己といった自分の複数の側面が不協和を起こした時にどうするか、という話は出てくるが、認知不協和理論のような表面的な話ではなく、自己のアイデンティティ形成に関わる話である。
人は誰しも、複数のコミュニティに所属し、複数の側面を持つ。社会人ならば、職業に属する自分と、家庭に属する自分、どちらでもない趣味の世界の自分などの側面を持つだろう。それぞれが連動するのか、融合して一体化しているのか、相反するためにうまく折り合いをつけて切り替えているのか、などは人による。
他人から見ると行動が矛盾してるように見えるけど、本人の内部では一本筋が通っていたりする。
この本が社会心理学寄りだと言ったのは、まさに、この「本人の中でどういうスジ通してこういう行動とってたのか」というところがテーマだからだ。
イスラエル建国以前、ロシアに住んでいたユダヤ人は、ロシアに対して帰属意識を持つプチブルジョワ層が多く、自分たちこそがロシアをヨーロッパ寄りの文明国にするのだと自負していたという。ポグロム(ユダヤ人迫害)を行った白軍を支持していたのも、白軍のほうが文明化の理想に近かったからだという。
だが、歴史の顛末を知っている人からすれば自明のとおり、ロシアでは赤軍が勝利して共産主義国になっていく。それはロシアのユダヤ人たちにとっては受け入れがたい敗北でもあった。その中で、ロシアとの繋がりは弱まっていったはずだという。
つまりは、祖国だったロシアに幻滅して、ロシアとしてのアイデンティティを失い、ユダヤ人としてのアイデンティティに一本化されたのが、シオニズムに繋がる大きな流れの一つだった。
ロシアだけではなく、ばらばらの場所に暮らしていたヨーロッパのユダヤ人たちの間で、アイデンティティの変化と、新たな自己像が模索された時代に、他者との融和や、既存の国家に溶け込むユダヤ人の在り方というものが変化する。自分たちだけの理想の国を作り、壁を築いて他者を排除する…。
少なくとも、そうした「戦うユダヤ人」の自己像を持つ人たちが、最初のイスラエル建国の動きを作り、同時に、建国予定地の住民を虐殺してナクバ(大離散)やパレスチナ難民を発生させたのだろう。
ただ、今まで各所でさんざん言われているとおり、この本に書かれているようなユダヤ人の心境の変化や、シオニズムやイスラエルの建国といった理想は、あくまで「ヨーロッパの」ものなのである。パレスチナに先祖代々ずっと暮らしてきたユダヤ教徒や、周辺アラブ諸国にいたユダヤ教徒にとっては、全然関係ない。オスマン帝国が解体されたときにヨーロッパ列強が介入したのは確かだが、だからといって祖国や故郷とのつながりは変わらなかった。
彼らにとっては、「ヨーロッパ人」であるヨーロッパ在住ユダヤ人がパレスチナに大挙してやってきて、なんかしらんけど皆にケンカ売って勝手に国とか作り出したんだけど…? みたいな感じ。めっちゃ迷惑だっただろうな…。長年キリスト教徒やアラブ人ともよろしくやってきたのに、よそ者がめちゃくちゃやったせいで、同じユダヤ教徒のあいつらもヤバくね? って白い目で見られるようになるんだから。
この本を読みながら、やっぱこの話ってヨーロッパで完結してるんだよなあ…と改めて思った。
ロシアが赤化するのは止められなかったにしても、強引な建国のあたりの下り、もうちょっと何とかならなかったんですかねえ…。