エジプト:カルナック神殿から第26王朝の金製品が見つかる。ポイントは「金の薄さ」
エジプトの観光名所としてギザのピラミッドと並ぶカルナック神殿は、かなり広大な神殿で、かつ時代を越えて増改築が繰り返されてきた。そのため色んな時代の遺物が出てくるのだが、今回は、第27王朝の金製品が出てきた、というニュースが流れていた。
A collection of jewellery from 26th Dynasty unearthed at Karnak Temples
https://english.ahram.org.eg/News/541255.aspx

第27王朝はナイル下流のサイスに首都を構えたので、別名サイス朝。エジプトが、新興勢力のアッシリアに傀儡政治させられていた状態からスタートし、一度は支配を脱するも、次にペルシアが攻め込んできて完全に制服されてしまう。
(参照:自作年表)
なお、名前がネタにされることの多い王、ネコ2世も、この王朝のファラオ。
https://55096962.seesaa.net/article/201609article_18.html
この時代の遺物としての注目ポイントは、
・アッシリア、ペルシアといった新興勢力からの影響(メソポタミアやシリア・バレスチナ方面からの影響)
・リビア勢力などからの影響
・金不足による金製品のクオリティ低下
前提として、古代世界において、金は勢力の強いほうに流れる性質を持つ資源である。奪い奪われ、戦争で流れることもあれば、植民地支配や略奪によって流れることもある。そして、金鉱を抱えている勢力は財力があり、皆の欲しがる金鉱を維持できるなら武力もある。
つまり、金を豊富に使えることと、その集団の勢力が強いこととは比例する。
古代の墳墓などで、金製品が出てくると「ここの勢力はけっこう勢いがあったんだな」とか判断できるのは、そういうことである。
つまり、シリア・パレスチナ方面まで支配下に置いていた新王国時代のほうが金は豊富で、アッシリアやペルシアに攻め込まれている第27王朝の頃には金が足りなかった。
見どころに「金製品のクオリティ低下」と書いたのは、そういうこと。金の薄さ、錆びているものもあることから察する純度の低さ、品自体の小ささなどから、この時代のエジプトの国勢や王たちの懐具合を察することが出来るのだ。
古代エジプトにおいて、金製品のピークは新王国時代、ツタンカーメンの頃と思われる。
それ以降はエジプトの国勢はさがっていき、過去の王たちの墓を開いて金を剥いで転用するなどしていた。
ツタンカーメンの黄金のマスクは分厚く、金の純度も高いのだが、第21王朝のプスセンネス1世のものは薄く、さらに次のアメンエムオペトのものになると、金箔か…? ってくらいペラッペラになる。
ここの違いの理由に気づくと、古代エジプトの歴史が面白くなると思うよ!
A collection of jewellery from 26th Dynasty unearthed at Karnak Temples
https://english.ahram.org.eg/News/541255.aspx

第27王朝はナイル下流のサイスに首都を構えたので、別名サイス朝。エジプトが、新興勢力のアッシリアに傀儡政治させられていた状態からスタートし、一度は支配を脱するも、次にペルシアが攻め込んできて完全に制服されてしまう。
(参照:自作年表)
なお、名前がネタにされることの多い王、ネコ2世も、この王朝のファラオ。
https://55096962.seesaa.net/article/201609article_18.html
この時代の遺物としての注目ポイントは、
・アッシリア、ペルシアといった新興勢力からの影響(メソポタミアやシリア・バレスチナ方面からの影響)
・リビア勢力などからの影響
・金不足による金製品のクオリティ低下
前提として、古代世界において、金は勢力の強いほうに流れる性質を持つ資源である。奪い奪われ、戦争で流れることもあれば、植民地支配や略奪によって流れることもある。そして、金鉱を抱えている勢力は財力があり、皆の欲しがる金鉱を維持できるなら武力もある。
つまり、金を豊富に使えることと、その集団の勢力が強いこととは比例する。
古代の墳墓などで、金製品が出てくると「ここの勢力はけっこう勢いがあったんだな」とか判断できるのは、そういうことである。
つまり、シリア・パレスチナ方面まで支配下に置いていた新王国時代のほうが金は豊富で、アッシリアやペルシアに攻め込まれている第27王朝の頃には金が足りなかった。
見どころに「金製品のクオリティ低下」と書いたのは、そういうこと。金の薄さ、錆びているものもあることから察する純度の低さ、品自体の小ささなどから、この時代のエジプトの国勢や王たちの懐具合を察することが出来るのだ。
古代エジプトにおいて、金製品のピークは新王国時代、ツタンカーメンの頃と思われる。
それ以降はエジプトの国勢はさがっていき、過去の王たちの墓を開いて金を剥いで転用するなどしていた。
ツタンカーメンの黄金のマスクは分厚く、金の純度も高いのだが、第21王朝のプスセンネス1世のものは薄く、さらに次のアメンエムオペトのものになると、金箔か…? ってくらいペラッペラになる。
ここの違いの理由に気づくと、古代エジプトの歴史が面白くなると思うよ!