アズキの起源に続いて来そうなもの「ウルシの起源」

栽培アズキの起源は日本、という論文がScienceに出ていた。おお、ついに有名雑誌に通るくらいの証拠が集まったのかあ…という感じである。

プレスリリース(研究成果) アズキの栽培化が日本で始まったことをゲノム解析で明らかに
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/ngrc/169242.html

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A single domestication origin of adzuki bean in Japan and the evolution of domestication genes
https://www.science.org/doi/10.1126/science.ads2871

というのも、この研究自体は何年も前からやっていて、成果報告はその都度出ていたからだ。
↓は去年、雑誌に載っていた内容。

作物としてのアズキの起源は日本らしい。秘密は「赤い色」にあった
https://55096962.seesaa.net/article/503775197.html

この手の研究って、いきなり最終成果/報告だけ世の中に出てくることはあんまり無いんですよね。前段の「こういう研究してまーす!」「いまこのへんまで研究してて、こういう成果でてまーす!」は公開されることが多い。じゃないと、自分が研究しようとしている分野が既に誰かに先鞭つけられているとか、先行研究があるので今から後追いしても論文が評価されないとかいう無駄が起きかねないので。

このアズキ研究も、縄文時代の植物利用の本だとだいぶ前から「研究してます」という宣言は出ていて、去年時点でもう発表はされていたので、単にScienceでの論文査読と掲載までに時間がかかっただけなんだと思う。


で、同じく縄文時代の植物利用の研究で、次に何か出てきそうだなと思っているのが、日本のウルシの起源地である。
国立歴史民俗博物館研究報告がPDFで公開されているので、そこから状況を整理する。

https://go.bsky.app/redirect?u=https%3A%2F%2Frekihaku.repo.nii.ac.jp%2Frecord%2F298%2Ffiles%2Fkenkyuhokoku_187_02.pdf

従来説だと、ウルシの起源地は中国で、渡来植物の一種だと考えられてきた。

しかし、福井県鳥浜貝塚遺跡からは縄文時代草創期(約12600年前)に既にウルシがあったことが判明しており、縄文時代早期(約9000年前)の函館市垣ノ島遺跡からも、被葬者が身につけていた朱漆製品が発掘されているため、日本に元からウルシが自生していた可能性がでてきている。
ちなみに、中国ででは最古のウルシ製品は約7000年前と見積もられる河姆渡遺跡の朱漆塗椀であり、日本のほうが圧倒的に古いため、ウルシ塗り自体も日本が起源の可能性があるのだ。

そこで植物DNAを調べてみたのだが、中国のほうが遺伝的な系統としては古く、日本産はそこから分岐している。
もしウルシが渡来植物なら山東省あたりから来ていそうだということは分かるが、日本から中国へウルシの木自体を輸出したとは言えない。つまりアズキほどわかりやすい結果は出ていない。

ただし、日本から朝鮮半島あたりにかけての遺伝グループが中国から独立しているということは、日本に渡来した場合、渡来してからそれなりの時間が経過していることを意味している。ちなみに朝鮮半島あたりのウルシは、日本人が近代にも持ち込んで野生化したものの可能性もあるらしい。

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これらの状況から、考えられる可能性は幾つかある。

●植物としてのウルシの起源地

A・日本に自生するウルシがもともとあった。
B・中国から1万年以上前に渡来した。(だとすると縄文人が持ち帰ったことになる)

現在、植物学者の多くはBを支持している。ウルシは日本の森林では野生化しづらく、天然で自生しているところが見つけられないことが大きな理由のようだ。ただ、縄文時代の気候は今と違うのと、戦時中に山林の環境がだいぶ変わってしまった(植林が進んだ)ことも関係しているかもしれないので、実際にはAの「縄文時代には日本にウルシが自生していた」説のほうが妥当なように思う。


●ウルシの利用と漆器について

A・漆器の起源は日本
B・漆器の起源は中国

見つかっている遺物の古さからすればAになる。ウルシは中国にも自生するはずなのに、なぜ中国で漆器技術が先に誕生しなかったのか、という疑問があるが、ウルシの木は木自体が腐食に強く、船の材料としても使えるため、漆塗り技術以前には単に木材として利用されていた可能性がある。
中国では木材としての利用が主で、日本に渡来してから漆器技術が誕生し中国に逆伝播したのではないかと思う。


というわけで、ウルシという植物の起源自体は日本ではないのだが、漆塗り技術の本家は日本だった可能性がある。日本産のウルシと中国産のウルシでは出来上がりが違うという話も聞くが、もともと日本のウルシのほうが漆塗りに適していたのなら、そのへんの理由も植物の遺伝子の違いに関係しているのかもしれない。

考古学資料だけだと断言するのがなかなか難しいところなのと、渡来文化崇拝の傾向から日本人でもなかなか受け入れなさそうなのがネックだが、これまでの常識をひっくり返してくるような研究は日々あちこちで行われているので、暇な時に科研費DBとか漁ってみるといいと思います。(ぼくらの税金…)