エジプシャン・ブルーの製造法を完全再現?→元論文の趣旨は「見た目の色合いの違いが出る大きな要因を特定した」

エジプシャン・ブルーの製造法を完全再現! という話題を見かけたが、その話題で紹介されていた元の論文の内容がそんな話してなかった。
というか、そもそもエジプシャン・ブルーの製法はだいたい分かっているし、成分も知られている。古代人と全く同じ製法を再現しようとしても、製法のレシピ残っていない以上、同じ成分/見た目のものは作れても、製法が同じかどうがなど立証できないので、そういう話は出てくるはずもない…。

というわけで、元論文の意味を読み取れた範囲で説明していこうと思う。
これは色を生み出す成分構造を分析した論文である。 ※と、おもくそタイトルに書いてある

Assessment of process variability and color in synthesized and ancient Egyptian blue pigments
https://www.nature.com/articles/s40494-025-01699-7

まず前提知識として、「エジプシャン・ブルー」とは、古代エジプトで広く使われていた青色顔料である。
キュプロリバイト(cuprorivaite)という名前で呼ばれることもある。

古代世界の顔料、つまり壁画のペイントに使え絵の具は、基本的に天然の石を砕いて使う。黄色い石からは黄色の絵の具が取れるし、赤い石からは赤い絵の具がとれる。黒はだいたい、墨を使う。だが、青色は非常に難しい。青い石ってそうそうないからである。

人工的に青色が作り出されるようになる以前の「青」は、高価なラピスラズリやターコイズを砕いたもの。しかしこれでは作れる量が少なすぎるし、高価過ぎて限られた場所にしか使えない。
そこで、銅を使用した人工的な「青」が開発された。それが「エジプシャン・ブルー」であり、先王朝時代からその走りとなる色が見受けられる。つまり紀元前3,000年頃にはもう使われていた。世界初の人工顔料と言われる所以だ。

材料は、シリカ、石灰、銅、アルカリ成分(ナトロン、または植物灰と考えられている)。ちなみに、同じく人工的に作り出した青色製品であるファイアンス焼きも、ほぼ同じ材料で同じメカニズム/化学反応を使っている。
顔料として塗りつけるのに適した調整をされたものがエジプシャン・ブルー、成形するために粘り気を持つスタイルに仕上げたものがファイアンス、と考えていいかと思う。

このエジプシャン・ブルーは、先王朝時代からローマ支配時代まで使われ、やがては、より作りやすい別の青色(彩色ガラスなど)に置き換えらられていくが、その歴史を通して全くレシピが変わらなかったわけではない。色合いはちょっと濃かったり緑っぽかったり、時代によっても、作られた場所によってもまちまちだ。

古代世界の産物は手作業での作成、かつ分量などをミリグラム単位で合わせられるような高度な計測器もないため、現代の工業製品のような均一な製品は作れない。つまり、「古代と全く同じエジプシャン・ブルーを作りたい」となった場合、「どの時代の/どの遺物のエジプシャン・ブルーだよ、モノによってだいぶ違うぞ」という話が前提に来る。

(これだけでも分かっていれば、「製法を完全再現した」などという意味不明な理解は出来ない…。)

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で、ここからが本題。
この論文では、「同じエジプシャン・ブルーで見た目の色味が全然違うのはなんでやねん。色の構造調べるで!」というのを述べている。
それが冒頭のabstractに書かれた↓これ。

Photoluminescence mapping of the artifacts confirmed intergrowth of cuprorivaite encased within colorless particles which otherwise appear as a single phase.


なにいってんのか全然わからんと思うかもしれないが、要するに、「より青く見えるエジプシャン・ブルー」とか「ちょっと灰色がかったエジプシャン・ブルー」とかの違いが出る理由を製法からある程度突き止めた、という話である。
つまりは、「モノによってだいぶ違う」エジプシャン・ブルーの、特定の時代/遺物のに使われた顔料に近いものを作れる可能性が高まった。おそらく遺物の修復やレプリカ作成には非常に役に立つ知見かと思われる。

方法はわりと簡単で、加熱時間を長くする/冷却時間を短くするなどでも色成分の粒子の大きさが変わることで人間の目に見える色合いは変わるらしい。考古学の実験というよりは化学実験。

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中に含まれるシリカ/石英の粒はほぼ透明、その間に銅から変化した青い粒が挟まっていて、この粒の大きさやまじり具合によって人間の目に見える色味は変わる。

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また、色の反射の仕方によっても見える色が変わる。
目に見えている「色」とはすべて特定の波長の光である。なので色を調べるのに光を当てて波長を調べている。
反射が多ければ、当然、白に近く見え、少なければ黒に近く見える。どの粒がどれだけ光を反射するのか、粒の大きさや密度によっても見えてくる色が変わる。メカニズムとしては非常に納得出来るものになっている。

単純な成分の違いだけではなく、ほんの僅かな製法の違いによっても色が変わってくるのは、そういう理由だったらしい。

読んでみて思ったのは、この論文のやろうとしていたことは、一昔前なら「熟練の職人の経験だけが再現できる」と言われていたような技を科学的に分析し、ロジックを解明することで、誰でも再現できる手順に落とし込むというプロセスだなということ。

その意味では「エジプシャン・ブルーの製造法を再現した」と言えなくもないのだが、製造自体は方法が解明されていて既に可能になっており、だからこそ今回の実験でも何通りものエジプシャン・ブルーが作られているので、表現としては妥当ではないし本質を理解していない。

また、色の構造のメカニズムを解明したのが主題であり、「完全再現」出来るようになったかというとこれも違う。たとえば、今回は材料の地域差などは限定的な考慮しかされていない。3,000年を越えて、東地中海世界で広く使われてきたエジプシャン・ブルーという顔料の全ての製法を網羅したとまでは言えない。
そして、塗りつける対象が壁の漆喰か布か木材の棺かや、経年劣化はどうなのか等も考慮には入っていない。


論文の最後に書かれている文章を、自動翻訳だが付け加えておく。

"これらの発見は、エジプシャンブルーの用途と化学的性質を理解するためのこれまでの科学的、考古学的、歴史的研究を豊かにするものであり、初期の職人が望ましい多成分合成顔料を作成するために制御する必要があったであろう技術的変数をさらに明確にするものです。
さらに、これらの配合は、多様な古代遺物の色を厳密に一致させようとする保存修復家や文化遺産科学者にとって有用となる可能性があります。
ただし、基材(包装材、羊皮紙、塗料用バインダーなど)の色も最終的な顔料の知覚色に影響を与える可能性があることを改めて強調する必要があります。保存修復学では、文化遺産に見られる様々なエジプシャンブルーについて、この影響を定量化するためのさらなる研究が必要です。"



論文の言いたいことを曲解されるのは書いた人にとっては「なんでやねん」だろうし、そもそも論文ってのは最初と最後に言いたいことの要約は書いてあるもんだし、せめて本職の人は、そこくらい読んでから話題に乗ったほうがいいと思います…。


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[>おまけ

ダマスカス鋼も実は既に再現されている。ただしこれも、当時のレシピが残っているわけではないので、見た目や成分のほぼ同じものが再現できた、という話である。

かつて「失われた技術」と言われたダマスカス鋼の秘密と、その顛末。
https://55096962.seesaa.net/article/201907article_26.html

貝紫染めについても同様。ただこれは材料が天然モノで、潰せば染料は出来るので、同じ海域の貝からとった染料ならおそらく古代のもと同一。

3,000年前の貝紫染め工房、フェニキアの「高貴なる紫」生産場所の一つが見つかる
https://55096962.seesaa.net/article/201907article_12.html