メソポタミアの歴史年表が分かりづらい理由:時代ごとに有力な都市が変動するから
まずはこちらの年表を見てもらいたい。メソポタミア本ではよく見るタイプの年表だ。
左側に「エジプト」「アッシリア」「バビロニア」「エラム」とある。

エジプトは単体の線になっている。ここはずっと領域国家として運営されていて、たまに他の地域に勢力を伸張したり、逆に攻め込まれたりしているくらいでほぼ変動しない。
アッシリアは、都市アッシュルを起源地として何度か覇権を握る国家。交易路上の重要地点に都市を築いたため、初期には承認国家だが、鉄器時代に入ると、周辺諸国とコトを構えまくる軍事国家へ変貌する。
バビロニアは古くから栄えたメソポタミア地域での京都ポジション、古都であり高い文化を誇る都市。ここも何度か覇権国家となっている。
エラムはメソポタミアの東方に位置する勢力で、後にメディアやペルシアなどの勢力が出現する地域。エラム自体は覇権国家にはならないが、地域としては重要ポジションである。
さて、ではこちらを見てみよう。同じメソポタミアの年表である。
あれ、なんか増えてる? と思うかもしれない。ブリテン島とクレタ島はまあいいとして、マリとカラナはさきの年表に出てきていない。またアナトリア(ヒッタイト)もこちらにしか登場しない。

なぜこんなことになってるのか。
端的に言うと、バビロニアやアッシリアはたくさんある都市国家のうちの代表的な二つに過ぎず、同時代に近くにさらに多くの都市国家が存在するからだ。そして、覇権をとるまでは至らずとも、かなり強力な勢力を持ち、広い範囲を支配していたものも実は存在するのである。

メソポタミア周辺地図を出すと、こうなる。
マリ、カラナはそこそこの規模をもつ都市国家。年表内に出てくるアラブハも都市国家。地図内にある多くの都市国家がそれぞれ勢力を争っており、その中から、他の多くの都市を従えて領域で支配する国家がときどき出てくる、という流れである。
つまり、たとえばアッシュルなら、アッシュル自体は1500年ほど存在するが、覇権国家になれていない時期はいくつかの都市を束ねるだけの勢力に過ぎず、他の都市国家の傘下に入っている時期がある。という感じなのだ。
メソポタミアは都市国家の時代が長く続く。
都市国家→領邦都市国家(都市を中心に複数の都市を領邦として支配下におく)→領邦領域国家(中心地域+領邦)という順番で勢力が拡大されていくのだが、領邦領域国家になったあと、同盟都市が反乱を起こしたり、別勢力に分捕られたりして、元の都市国家まで戻ったり、そもそも都市自体が破壊されて滅亡したりする。たとえば、マリはのちにバビロニアに破壊されている。
各都市が勢力を拡大したり縮小したり、時代ごとに勢力図が違うのだ。そして、多くの場合、本に出てくるのは覇権国家になった時代を持つごく一部の都市だけなのである。
そして、アナトリアに起こった勢力であるヒッタイトは一時期バビロニアまで攻め込んでくるが、その部分を歴史にいれるかどうか、アッシリアは帝国時代にメソポタミアの領域外にある国ウラルトゥなどとも戦っているがその記述を入れるかどうか、などは、本のテーマと粒度による。
つまり一冊で全て俯瞰できるような本は無く、前提わかってないと本によって書いてることが違うように感じられてしまう原因となっている。


さらに厄介なことに、現在の年表や各都市の勢力予測は、現在までに見つかっている遺跡/発見物によって推測されている内容に過ぎない。見つかってない資料は利用出来ないので、今後の発見次第では勢力図が書き換わることもある。
マリ王国などは滅亡時にそのまま埋まった書庫が見つかっていて実情がよく知られているのだが、他の都市遺跡では書類が見つかっていないところもある。名前は頻繁に出てくるのに、位置が分かっていない都市国家もあるのだ。
実際、最近の研究によって若干書き換わっているところがある。
一つは古バビロニアの勢力圏で、「バビロニア実はあんま覇権握ってなくね…?」「西のほうの都市国家のほうがデカくね…?」みたいな感じの書き方に変化してきている。
また、ウルクの交易路について、昔言われていた「世界システム」も、最近では否定的に書かれているほうが多いように思われる。要するに年表一回覚えたらずっと使えるかっていうとそういうわけでもない。メソポタミアの歴史は、細かく見ていくとほんとに分かりづらいというか、けっこう面倒だと思う。
とはいえ、歴史の最初から最後までコアとなる国土領域がほぼ変動せず、分裂期はあれど国家としてのアイデンティティも一本で統一されているエジプトのほうが特異すぎるとも言う。エジプト基準で見るから余計にわかりづらいのかもしれない。
メソポタミア本は気がついたら各都市の情勢が書き換わっていたりするので、なるべく複数見比べることをおすすめしたい…。
*図の出典元
「初期メソポタミア史の研究」早稲田大学出版会

初期メソポタミア史の研究 (早稲田大学学術叢書) - 前田 徹
「バビロニア都市民の生活」同成社

バビロニア都市民の生活 (世界の考古学 23) - ステファニー ダリー, Dalley,Stephanie Mary, 忠彦, 大津, 和也, 下釜
左側に「エジプト」「アッシリア」「バビロニア」「エラム」とある。
エジプトは単体の線になっている。ここはずっと領域国家として運営されていて、たまに他の地域に勢力を伸張したり、逆に攻め込まれたりしているくらいでほぼ変動しない。
アッシリアは、都市アッシュルを起源地として何度か覇権を握る国家。交易路上の重要地点に都市を築いたため、初期には承認国家だが、鉄器時代に入ると、周辺諸国とコトを構えまくる軍事国家へ変貌する。
バビロニアは古くから栄えたメソポタミア地域での京都ポジション、古都であり高い文化を誇る都市。ここも何度か覇権国家となっている。
エラムはメソポタミアの東方に位置する勢力で、後にメディアやペルシアなどの勢力が出現する地域。エラム自体は覇権国家にはならないが、地域としては重要ポジションである。
さて、ではこちらを見てみよう。同じメソポタミアの年表である。
あれ、なんか増えてる? と思うかもしれない。ブリテン島とクレタ島はまあいいとして、マリとカラナはさきの年表に出てきていない。またアナトリア(ヒッタイト)もこちらにしか登場しない。
なぜこんなことになってるのか。
端的に言うと、バビロニアやアッシリアはたくさんある都市国家のうちの代表的な二つに過ぎず、同時代に近くにさらに多くの都市国家が存在するからだ。そして、覇権をとるまでは至らずとも、かなり強力な勢力を持ち、広い範囲を支配していたものも実は存在するのである。
メソポタミア周辺地図を出すと、こうなる。
マリ、カラナはそこそこの規模をもつ都市国家。年表内に出てくるアラブハも都市国家。地図内にある多くの都市国家がそれぞれ勢力を争っており、その中から、他の多くの都市を従えて領域で支配する国家がときどき出てくる、という流れである。
つまり、たとえばアッシュルなら、アッシュル自体は1500年ほど存在するが、覇権国家になれていない時期はいくつかの都市を束ねるだけの勢力に過ぎず、他の都市国家の傘下に入っている時期がある。という感じなのだ。
メソポタミアは都市国家の時代が長く続く。
都市国家→領邦都市国家(都市を中心に複数の都市を領邦として支配下におく)→領邦領域国家(中心地域+領邦)という順番で勢力が拡大されていくのだが、領邦領域国家になったあと、同盟都市が反乱を起こしたり、別勢力に分捕られたりして、元の都市国家まで戻ったり、そもそも都市自体が破壊されて滅亡したりする。たとえば、マリはのちにバビロニアに破壊されている。
各都市が勢力を拡大したり縮小したり、時代ごとに勢力図が違うのだ。そして、多くの場合、本に出てくるのは覇権国家になった時代を持つごく一部の都市だけなのである。
そして、アナトリアに起こった勢力であるヒッタイトは一時期バビロニアまで攻め込んでくるが、その部分を歴史にいれるかどうか、アッシリアは帝国時代にメソポタミアの領域外にある国ウラルトゥなどとも戦っているがその記述を入れるかどうか、などは、本のテーマと粒度による。
つまり一冊で全て俯瞰できるような本は無く、前提わかってないと本によって書いてることが違うように感じられてしまう原因となっている。
さらに厄介なことに、現在の年表や各都市の勢力予測は、現在までに見つかっている遺跡/発見物によって推測されている内容に過ぎない。見つかってない資料は利用出来ないので、今後の発見次第では勢力図が書き換わることもある。
マリ王国などは滅亡時にそのまま埋まった書庫が見つかっていて実情がよく知られているのだが、他の都市遺跡では書類が見つかっていないところもある。名前は頻繁に出てくるのに、位置が分かっていない都市国家もあるのだ。
実際、最近の研究によって若干書き換わっているところがある。
一つは古バビロニアの勢力圏で、「バビロニア実はあんま覇権握ってなくね…?」「西のほうの都市国家のほうがデカくね…?」みたいな感じの書き方に変化してきている。
また、ウルクの交易路について、昔言われていた「世界システム」も、最近では否定的に書かれているほうが多いように思われる。要するに年表一回覚えたらずっと使えるかっていうとそういうわけでもない。メソポタミアの歴史は、細かく見ていくとほんとに分かりづらいというか、けっこう面倒だと思う。
とはいえ、歴史の最初から最後までコアとなる国土領域がほぼ変動せず、分裂期はあれど国家としてのアイデンティティも一本で統一されているエジプトのほうが特異すぎるとも言う。エジプト基準で見るから余計にわかりづらいのかもしれない。
メソポタミア本は気がついたら各都市の情勢が書き換わっていたりするので、なるべく複数見比べることをおすすめしたい…。
*図の出典元
「初期メソポタミア史の研究」早稲田大学出版会

初期メソポタミア史の研究 (早稲田大学学術叢書) - 前田 徹
「バビロニア都市民の生活」同成社

バビロニア都市民の生活 (世界の考古学 23) - ステファニー ダリー, Dalley,Stephanie Mary, 忠彦, 大津, 和也, 下釜