この結論出せた理由が良くわからない…「チャタルホユックは女性中心の社会だった!」という論文について
なんでこれが査読通っちゃったんだろ…査読者の趣味か、議論を呼ぶつもりだったのか…?
という、よくわからん内容で首を傾げながら眺めていた。
トルコの新石器時代の遺跡、チャタル・ホユックに関する研究論文である。
Female lineages and changing kinship patterns in Neolithic Çatalhöyük
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adr2915
ここは、世界最古の都市、と呼ばれることもある集落で、紀元前7,500年くらいから人が住みはじめ、紀元前6,700 年から紀元前6,500 年くらいに最盛期を迎える。全盛期には1万人規模で人が住んでいたともされ、この時代としてはケタはずれに大きな集落だ。
場所がアナトリア南部であり、農耕の起源地に近いことから、農耕・牧畜のパワーを使って一気に人口が増えたのだと考えられる。
ただし長く続くことはなく、紀元前6,000年頃には衰退していく。
この遺跡について、建物内から見つかった遺骨が女系家族のものであり、副葬品は女性のほうが多いため、女性中心の社会だったのでは。というのが論文の趣旨である。

ただ、そもそもの前提として、都市を持つ文化圏では一般的に遺体は墓地など集落の外に埋めるもので、遺体を床下に埋めるのは特別な理由がある場合が多いという視点が抜けている。
実際、今回調査されている床下の骨の大半は女性であり、調査母数としては不適切と思われる。人間は男女だいたい同数生まれてくる。特別な理由がない限り、集落の人口比率も同じくらいになる。まず最初に考えるべきなのは「なぜ女性(と子ども)だけが床下に埋められたのか」であって、床下に埋められた女性たちにどういう血縁関係があるかではない。
新生児を床下に埋め、再び生まれ変わって戻って来るように、と考える原始宗教は他の文化圏でも見られる。有名なものだとチリ北部のチンチョーロ・ミイラで、子どものミイラを床下に埋めているケースがある。
チャタル・ホユックで家の床下から見つかる遺体に女性や新生児が多いのは、同じく再生復活、子孫繁栄の呪術的な意味を持たせていたからではないだろうか。埋められている女性が、妊娠中に亡くなったか、出産直後に亡くなった女性なら、新生児とともに埋める宗教儀式だった可能性がある。だとすれば女性のほうが男性より副葬品が多いというのも、儀式用品としての意味があるからではないのだろうか。
その副葬品が女性の固有財産だったという証拠はなく、副葬品の量が多い云々の話をする以前に検討すべき問題をすっ飛ばしているように感じられる。
ちなみに女児にのみ特殊な副葬品をもたせる風習は、北米インディオで見かけたことがある。幼くして死んだ娘が、次回生まれてくる時は成人して子どもを持てるようにと生殖や子どもにまつわる道具を一緒に埋めるのである。埋められた副葬品の「量」よりは「内容」と「意味」のほうが重要だと思う。
女性のほうが副葬品が多いから家の財産が女性に属していたに違いない、と考えるのは、そもそも視点がズレていると思うし、家の床下から出てきた遺体しか調べていないので、男性の埋葬例があまり無く、比較サンプルが不足している。
1万人規模の集落なら毎日1-2人は死者が出るペースになる。家の床下に埋まってる数は集落規模に対して少なすぎるので、おそらく集落の外に男性も含む別の集団墓地があったはずだ。特殊な理由のない死者は、そちらにまとめて埋められていたのでは? その集団墓地が見つからないのであれば、今ある床下の遺体サンプルからのみ社会全体を描こうとするのは情報が足りないのでは?
また、床下に埋葬された骨が母系で繋がった人たちだったというのも、お産のために里帰りする習慣があり、里帰り先で死亡した場合はその家の床下に埋められる、というルールだった可能性もある。
さらに言えば、サンプル数は131体と十分だが、時代がバラバラで、ヘタしたら千年隔てた人骨を同列で比較してしまっているというのも難点だ。千年経って社会の構造や風習が全く変化しないというのは考えにくい。日本で考えたって、千年経てば縄文土器や土偶の傾向が別物に変わってるくらいの時間は経過している。
いずれにしろ、当時の社会を再構築することなく、様々な可能性を考慮するのではなく、分かった断片的な情報だけで一直線に結論を出してしまっていると感じられるので、さすがにこれは文字通り受け取るのはキツいかなあ…という感じ。誰かが追加研究はすると思うんでそれを待ちたい。
なお、論文の最後のほうに書かれている、血縁関係があまり重要視されなくなっていったように見える、という話だが、原因はおそらく、死亡率が高くなりすぎて核家族が維持できなくなったから、である。
都市計画も人類の叡智。チャタル・ホユックに見る「失敗」と、その後の都市の作り方について
https://55096962.seesaa.net/article/505364279.html
床下に埋葬されている遺体からは疾病の傾向が多く見られるという。
家畜も家で一緒に飼っていたし、家にこもっていて人と人の接触が多い分、もしかしたら女性や子どもたちのほうが疾病にかかる可能性が高かったのかもしれない。だとしたら、不審な病気で全滅した家は家族まとめて床下に埋めてしまって、家を封印する、というやり方で病気を封じ込めていた可能性もあり、女系社会とか女性中心とかとは全く関係ない理由で血縁者が埋葬されていた可能性もある。
もしそうなら、副葬品に見えていたものも、「病に汚されていて再利用したくなかった品」だった可能性が出てくる。
こうした幾つもの可能性を否定できるだけの根拠がないと、納得のいく結論を出すのは難しい。
あと、チャタル・ホユックの調査の歴史については以下も参考に置いておくので、興味のある人はどうぞ…
チャタル・ホユックの女性坐像、かつては「女神」と解釈されていたが今は「年配女性」になっている
https://55096962.seesaa.net/article/504845352.html
おまけ アナトリア考古学博物館(アンカラ)へ行こう
https://55096962.seesaa.net/article/514904002.html
という、よくわからん内容で首を傾げながら眺めていた。
トルコの新石器時代の遺跡、チャタル・ホユックに関する研究論文である。
Female lineages and changing kinship patterns in Neolithic Çatalhöyük
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adr2915
ここは、世界最古の都市、と呼ばれることもある集落で、紀元前7,500年くらいから人が住みはじめ、紀元前6,700 年から紀元前6,500 年くらいに最盛期を迎える。全盛期には1万人規模で人が住んでいたともされ、この時代としてはケタはずれに大きな集落だ。
場所がアナトリア南部であり、農耕の起源地に近いことから、農耕・牧畜のパワーを使って一気に人口が増えたのだと考えられる。
ただし長く続くことはなく、紀元前6,000年頃には衰退していく。
この遺跡について、建物内から見つかった遺骨が女系家族のものであり、副葬品は女性のほうが多いため、女性中心の社会だったのでは。というのが論文の趣旨である。
ただ、そもそもの前提として、都市を持つ文化圏では一般的に遺体は墓地など集落の外に埋めるもので、遺体を床下に埋めるのは特別な理由がある場合が多いという視点が抜けている。
実際、今回調査されている床下の骨の大半は女性であり、調査母数としては不適切と思われる。人間は男女だいたい同数生まれてくる。特別な理由がない限り、集落の人口比率も同じくらいになる。まず最初に考えるべきなのは「なぜ女性(と子ども)だけが床下に埋められたのか」であって、床下に埋められた女性たちにどういう血縁関係があるかではない。
新生児を床下に埋め、再び生まれ変わって戻って来るように、と考える原始宗教は他の文化圏でも見られる。有名なものだとチリ北部のチンチョーロ・ミイラで、子どものミイラを床下に埋めているケースがある。
チャタル・ホユックで家の床下から見つかる遺体に女性や新生児が多いのは、同じく再生復活、子孫繁栄の呪術的な意味を持たせていたからではないだろうか。埋められている女性が、妊娠中に亡くなったか、出産直後に亡くなった女性なら、新生児とともに埋める宗教儀式だった可能性がある。だとすれば女性のほうが男性より副葬品が多いというのも、儀式用品としての意味があるからではないのだろうか。
その副葬品が女性の固有財産だったという証拠はなく、副葬品の量が多い云々の話をする以前に検討すべき問題をすっ飛ばしているように感じられる。
ちなみに女児にのみ特殊な副葬品をもたせる風習は、北米インディオで見かけたことがある。幼くして死んだ娘が、次回生まれてくる時は成人して子どもを持てるようにと生殖や子どもにまつわる道具を一緒に埋めるのである。埋められた副葬品の「量」よりは「内容」と「意味」のほうが重要だと思う。
女性のほうが副葬品が多いから家の財産が女性に属していたに違いない、と考えるのは、そもそも視点がズレていると思うし、家の床下から出てきた遺体しか調べていないので、男性の埋葬例があまり無く、比較サンプルが不足している。
1万人規模の集落なら毎日1-2人は死者が出るペースになる。家の床下に埋まってる数は集落規模に対して少なすぎるので、おそらく集落の外に男性も含む別の集団墓地があったはずだ。特殊な理由のない死者は、そちらにまとめて埋められていたのでは? その集団墓地が見つからないのであれば、今ある床下の遺体サンプルからのみ社会全体を描こうとするのは情報が足りないのでは?
また、床下に埋葬された骨が母系で繋がった人たちだったというのも、お産のために里帰りする習慣があり、里帰り先で死亡した場合はその家の床下に埋められる、というルールだった可能性もある。
さらに言えば、サンプル数は131体と十分だが、時代がバラバラで、ヘタしたら千年隔てた人骨を同列で比較してしまっているというのも難点だ。千年経って社会の構造や風習が全く変化しないというのは考えにくい。日本で考えたって、千年経てば縄文土器や土偶の傾向が別物に変わってるくらいの時間は経過している。
いずれにしろ、当時の社会を再構築することなく、様々な可能性を考慮するのではなく、分かった断片的な情報だけで一直線に結論を出してしまっていると感じられるので、さすがにこれは文字通り受け取るのはキツいかなあ…という感じ。誰かが追加研究はすると思うんでそれを待ちたい。
なお、論文の最後のほうに書かれている、血縁関係があまり重要視されなくなっていったように見える、という話だが、原因はおそらく、死亡率が高くなりすぎて核家族が維持できなくなったから、である。
都市計画も人類の叡智。チャタル・ホユックに見る「失敗」と、その後の都市の作り方について
https://55096962.seesaa.net/article/505364279.html
床下に埋葬されている遺体からは疾病の傾向が多く見られるという。
家畜も家で一緒に飼っていたし、家にこもっていて人と人の接触が多い分、もしかしたら女性や子どもたちのほうが疾病にかかる可能性が高かったのかもしれない。だとしたら、不審な病気で全滅した家は家族まとめて床下に埋めてしまって、家を封印する、というやり方で病気を封じ込めていた可能性もあり、女系社会とか女性中心とかとは全く関係ない理由で血縁者が埋葬されていた可能性もある。
もしそうなら、副葬品に見えていたものも、「病に汚されていて再利用したくなかった品」だった可能性が出てくる。
こうした幾つもの可能性を否定できるだけの根拠がないと、納得のいく結論を出すのは難しい。
あと、チャタル・ホユックの調査の歴史については以下も参考に置いておくので、興味のある人はどうぞ…
チャタル・ホユックの女性坐像、かつては「女神」と解釈されていたが今は「年配女性」になっている
https://55096962.seesaa.net/article/504845352.html
おまけ アナトリア考古学博物館(アンカラ)へ行こう
https://55096962.seesaa.net/article/514904002.html