ローマの碑文にはどんなのがあったのか「碑文が語る古代ローマ史」

こないだ、ローマの碑文解析AIのニュースを見かけたので、そういやローマの碑文ってどんなのあったっけなぁと思って関連しそうな本を図書館で発掘してきた。碑文と一口に言っても各文化圏でスタイルや特徴が色々あるのだ。

碑文が語る古代ローマ史 - アンジェラ・ドナーティ, 小林雅夫, 小林雅夫, 林要一
碑文が語る古代ローマ史 - アンジェラ・ドナーティ, 小林雅夫, 小林雅夫, 林要一

この本の構成はわかりやすい。

第一章は情報伝達の手段としての碑文全般について。
パピルスに記されたもの以外で碑文を作るのはどういう場合なのか。ローマ特有のものとして、道端に建ててみんなに読んでもらうようなものもある。また記念碑、墓石などもある。マイルストーンの語源でもある、街道沿いに建てるローマ版一里塚なども碑文の一種である。

第二章は二か国語記載の碑文について。
これはローマ帝国自体がいろんな言語を使用するいろんな民族を内包した、多民族国家であったことから分かると思う。ラテン語は公用語ではあったが、ラテン語のみが使用されていたわけではない。たとえばギリシャ語とラテン語併記とか、コプト語(古代エジプト語の後継言語)とラテン語とか、併記がザラにあり、ラテン語だけの碑文からは見えてこない言語の使用者たちの素性が分かる。

第三章は神々に対するもの、または神殿に捧げられた碑文。
第四章は政治に関わる碑文として戦勝記念碑とか皇帝が建てさせた碑文。

第五章はそれらの文書の保存方法で、第六章はスタンプ文字で記されたものや石を引っ掻いて書いた落書きのような文書など特殊なもの。

網羅的に種類別の解説をしてくれているので、どういうものがあるのかが分かりやすい。

個人的に面白いなあと思ったのは、道路脇に建てる顕彰碑である。偉人の顔や名前といっしょに偉業を記載してゆかりのある土地に立ててあるやつで、現代の日本にも建っていることがある。
それらは「読まれてナンボ」のものであり、通りかかった人に読んでもらえなければ意味がない。ということは、旅人の一定数はそれが読めたはずで、識字率は言われているほど低くはなかったのでは? という。
二か国語文書でラテン語の部分がたどたどしいものがあったり、奴隷が書いたと思われるものがあったりするところからして、多くの人は「一文字ずつ読んで、なんとか意味を理解するくらいは出来たのでは」という。これは我々が英語を前にした時、苦手な人でもなんとなーく簡単な単語の意味くらいは拾えているのと同じことかもしれない。

また、ローマ人の発想として、「碑文を読んでもらい記憶が想起されることで死者は生者と語らえる」というのも面白い発想だなと思った。
道路脇に慰霊碑とか建てておくのは、通りかかった人に碑文が読まれることで思い出してもらうためらしい。古代エジプトにも似たような発想はあるが、そもそもヒエログリフという一般人にはあまり馴染みのない文字で書いてあり、「読まれる」ことよりは「文字を視覚的になぞる」ことに重きを置いていたのが違いだろうか。エジプトの発想は、ローマでいう絵文書に近いものなのかもしれない。

あと、職人や工房で働く人などが自分の仕事を主張するために碑文を刻むというやり方は、オリエント世界では珍しいというか、ちょっと独特な気がした。建物に設計者や建造者の名前を記載するやり方。これは北欧のバイキング世界だと剣や装身具などに工房名や鋳造社の名前が入っているのと同じ発想かなと思う。エジプトやメソポタミア、その他の選考する古代文明では一般的ではない。どこかの段階で新しく出てきた発想なのだと思う。

さらっと読めるお読み物だが、文字や碑文に対する態度はローマ特有のものも多いと思ったし、やはりアルファベットは習得に手間のかかりづらいぶん大衆化しやすいなと感じた。文字数も画数も少ないぶん、ヒエログリフ/ヒエラティックや楔形文字よりははるかに柔軟性が高い。アルファベットが発明されていなかったら、ローマ帝国内の識字率はもっと低かっただろうし、ラテン語書き文字もそんなに広まらなかったんじゃないか、とは思うのだ。