古代エジプト「魂の家」と作者の手の跡。そもそも「魂の家」って何だよってところから

ケンブリッジ大学付属のFitzwilliam Museumで「Made in Ancient Egypt」というイベントを開催するにあたり展示品を移動させていたら、普段みない遺物の裏側に手形がくっきり残ってるのが見つかったよ! という話が流れていた。

4000年前の手形、古代エジプトの墓で発見 模型作成した陶工のものか
https://news.livedoor.com/article/detail/29271706/

元の記事
4,000-year-old handprint found on ancient Egyptian tomb
https://edition.cnn.com/2025/07/29/science/handprint-egyptian-tomb-gbr-scli-intl

これだけだと、たぶんなんのこっちゃわからん人のほうが多いと思うw
まず「魂の家」とはなにか。第一中間期から中王国時代ごろ、比較的貧しい庶民の墓で使われた粘土製の供物棚である。
ただのお皿なものもあれば、家の形に作る手の込んだものもあり、今回言及されているのは手の込んだ作り方をしている家型のものだ。そして、墓穴に収めるというよりは、遺体を入れる竪穴の近くに置かれるのが一般的だった。

記事にある写真だと裏側の手形が残ってるとこしか出していないので分かりづらいが、正面から見るとコレ。
粘土の家の前庭にパンや果物を並べてある。死後の世界でも餓えないように、粘土製だけどごちそう持っていってね! という意味合いである。
なお、この時代にはまだ「死者の書」は存在せず、庶民の副葬品といえば、どこでも手に入る粘土で作ったこういう品物が多い。

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古王国時代の栄光が去ったあとの第一中間期は物資が欠乏し、外国からの木材輸入などはストップしてしまうので、貴族の墓でも副葬品は質素になる。また中王国時代は一般人の中でも書記などのそこそこ身分のある一般人が墓を作り始める時期で、高価な埋葬は出来ないけどせめて墓穴と副葬品くらいは揃えたい…という時に廉価な粘土製の模型がよく使われている。
粘土製の家、粘土製の船と漕ぎ手、粘土製の召使など粘土の副葬品を見かけたら、だいたい中王国時代である。

古代エジプトの死生観では、死者もあの世でごはんを食べると考えられていた。なので定期的に墓の前に設置した供物台に食べ物を備える必要があった。日本で言う所の、お仏壇に毎日炊きたてご飯を備えるっていう発想と同じ。
でも経済的にムリだったり、墓に毎日は行けないなあっていうのがあったりするので、模型の供物台に模型のごちそうを盛り付けておくのである。これも日本でいうところの、お盆の色鮮やかなお菓子が近い概念かと思う。

なので、これらの粘土製の家や供物は、専門の職人が作っていたというよりは、各ご家庭でなまんとかしてたか、近所のちょっと手先の器用な人に作って貰ってたくらいじゃないかと思う。あまり洗練されていない作りからしてもそう。出来上がったあと軽く乾かせばいいのに手形ガッツリ付けちゃってるあたりからしても素人くささを感じるので、専門の陶工では無いんじゃないかな、この手形…。

まあ、面白い発見なのは間違いないんですけども。


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あと余談ですが、博物館の特別展ページはこちら。

さすがイギリス…いいもん持ってやがる…。こんな本物コレクションで研究してる奴らにはなかなか勝てないっすよ。いいなー。
(まあ日本もエジプト展は多めの国なんでまだ恵まれてるほうなんですが…)

Made in Ancient Egypt
https://www.fitzmuseum.cam.ac.uk/plan-your-visit/exhibitions/made-in-ancient-egypt

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