古代エジプト、ペルシア支配の時代に貢献した神官ウジャホルレスネト、歴史的に美味しいポジションだな…って

古代エジプト末期、王国としての勢力が衰え、新興勢力であるペルシアに押され始める時代が末期王朝。
この時代にエジプトは、2度のペルシアによる支配を経験している。そのうち1回目、「第一次ペルシア支配」または「第二十七王朝」として区分される時代に、エジプト側でペルシアの信頼を得てネゴシエーター的な立ち回りをした人物がいた。

ウジャホルレスネト(Udjahorresnet)という人物である。
肩書きは海軍の司令官、ネイト女神の神官、ペルシア宮廷では御典医、エジプト担当の大蔵大臣など。
頭こそないものの、生前の実績を刻んだ彼の像はサイスで見つかり、現在はバチカン美術館に展示されている。

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ペルシアが滅ぼす第26王朝はナイルデルタのサイスを首都としていたため、「サイス王朝」という別名で呼ばれることもある。サイスは戦女神ネイトの本拠地で、ウジャホルレスネトがネイト女神の神官だったのもその関係による。また古代エジプトでは神官が高度医療の知識を持ち、医師を兼ねることが一般的だったため、彼がペルシア宮廷で医師としての肩書きを持っていたのも不思議はない。

むしろ軍人やってたことのほうが謎なのだが、人手不足だったんで駆り出されてたとかじゃないのかなこれ…
仕えてるのが戦女神だしついでに司令やれよみたいな。サイスはナイルデルタのでっかい中洲みたいなところにある都市なんで、海軍というか川舟というか、川に船を浮かべて戦うやり方しか出来なかった可能性があるし。

その海軍がペルシアに負けたあとは、軍人としてのキャリアは終了し、文官として登用されている。


ペルシアによるエジプト支配の中で、彼はエジプト文化をペルシアに伝えた人物として知られている。
地元サイスで崇拝されていた形跡があることから、エジプトを売り渡した人物というよりは、エジプト文化を守る盾として行動したのでは、とされる。
ペルシア人の新たな支配者たちは、当然エジプトの文化も言葉も知らなかっただろう。通訳はもちろん、文化や風習の説明役は必要だったはずなのだ。

また、ポジション的には似ているにも関わらずウジャホルレスネトが好意的に書かれることが多いのは、中米でスペイン人コンキスタドールに対して地元を売ったとされる通訳者マリンチェの扱いとは真逆で興味深い。やはり自分で自分の記録残して、像にやったこと刻んで誇ってるのが強いんだろうか…。マリンチェは自分で自分の記録は残してないしなあ。

立場的にはかなり美味しいし、カンビュセス2世やダレイオス1世とどんなやりとりしたんだろうなと想像すると大変楽しい。
肩書きが多すぎるところからして、個人的に「超優秀だけど仕事断れない苦労人ポジ」だと嬉しい。ネタ的に。(ネタっていうな)