エジプトから始まった古代のペスト・パンデミック、「ユスティニアヌスのペスト」の菌がヨルダンで分離される

ペスト(黒死病)のパンデミックは歴史上何度か起きているが、そのうち初回の世界規模の大流行とされる「ユスティニアヌスのペスト」で死亡した遺体から、原因となったペスト菌(Y. pestis)を分離出来たよという論文が出ていた。

分析されたのはヨルダンにあるジェラシュの、ローマ時代の競馬場跡に集団埋葬されたパンデミック発生時の遺体。いわゆるヒッポドロームというやつで、2世紀半ばに建設され、4世紀前半には使われなくなり、その後は集団墓地として再利用されていたという。

Genetic Evidence of Yersinia pestis from the First Pandemic
https://www.mdpi.com/2073-4425/16/8/926

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地中海のちずで赤い色がついているのがこのペスト大流行に巻きこまれた地域、他の色がついているのが別の時代に流行したところ。
下の段の図はヒッポドロームの中で集団墓地として使われていた場所を示したもの。

わかったことは以下。

・この墓地でペストに感染していたペスト株は他の地域で同時代に流行した株と類似する
・ジェラシュで流行した株は共通しているので、暫時流行ではなく一気に広まって都市を壊滅させた
・おそらくこの時代の流行は都市部で一気に広まるパターン、東地中海の栄えた地域が狙い撃ちされている
・中央ユーラシアの天山山脈で前の時代に流行していた株から変異しているため、本当の起源地は中央アジアでは?

ペスト菌の系統樹が以下。
赤字のところにジェラシュで検出された株と、比較された天山山脈で流行した株がある。

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「ユスティニアヌスのペスト」が東地中海でしか流行しなかったように見えるのは、大都市がここに集中していたからで、少人数の村とかだと流行して全滅していても記録に残らない&過疎ってると人と人との接触も少ないのでパンデミックにならない、ということなのだと理解した。
なるほどなあ…。そもそも人いないところだと大量死も起きないから目立たなくてわかんないのか。


なお、このペストはエジプトのナイル下流、貿易港の一つだったペルシウム近郊から広まったとされる。(実際には最初に記録されたのがここだっだけだと思うが)
以前調べた内容は以下。ローマ支配下の西暦541年から、およそ200年近くに渡って大流行を繰り返した。ペルシウムも貿易港なので人口密度高い。

疫病の歴史と死の吐息/エジプトにペスト流行はあったのか
https://55096962.seesaa.net/article/201604article_18.html

ただし、ペスト菌の生存に適した湿度・温度が保たれないため、ペストはサハラを越えられない(もしくは非常に越えにくい)。
エジプトでの流行が北部のみで止まっているのは、おそらく南部が乾燥しすぎててペスト菌が入り込めなかったのだろうが、今回の研究を読むに、もう一つの理由として「当時のナイル川の上流には大都市がない」も入りそうだなと思った。

大都市がないとパンデミックの痕跡は何も残らないので、集団墓地の死体の数がいきなり爆発的に増えるとかで目立つこともない。実際はペスト・パンデミックに巻きこまれてても分からないかもしれない、というのは一つ覚えておきたい。