サガ研究の意識高い勢、もしかして40年前からいる…? 古参研究者の思い出記述から

「サガ」というのは、中世の北欧諸国で作られた物語群のこと。特に日本だとアイスランド・サガの研究量が多くて資料も豊富。北欧神話との関連が深いので、セットで勉強すると理解が進んで良い。

そのサガについて、本体サイトの2号館、サガ・コーナーを作る時にお世話になった本の著者の一人がこの↓先生である。

北欧中世史の研究: サガ・戦争・共同体 - 阪西紀子
北欧中世史の研究: サガ・戦争・共同体 - 阪西紀子

残念ながら亡くなられており、最後に出た本がこれなのだが、留学されていた時の思い出について書かれた部分に実に興味深い話があった。
「フェミニズム的な視点でサガを論じてしまう生徒がいた」。

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サガの中で美しい女性を取り合ってるシーンが出てきた時に、そういう描写は女性差別! とか言ってしまう、という話である。
ゆうても相手は中世の物語だし、当時の価値観だと女性たちは有力者や資産家から求婚されることに誇りを感じていたはずだ。日本にだって、「玉の輿」という言葉がある。求婚者が多いのは別に女性蔑視ではないのでは…? と、普通に思う。

しかし、先生の留学先の女生徒はそうじゃなかったらしい。

この手の「意識高い」意見は、ここ最近の考古学論文でも鼻につくくらい見かけていて、いつか揺り戻しがくるまのでは、と思っていたのだが、実際には最近出てきたムーブではなく何十年も前から既にあり、一定層に定着していたかもしれない、というのが衝撃だった。
ということは、ここ最近のは単に「行き過ぎ」てストッパー役がいなくなっただけだったりする…?

行き過ぎたポリコレ思想からの揺り戻し、今後の考古学関連研究にも影響があるのかどうか
https://55096962.seesaa.net/article/512050250.html

何が問題かというと、現代視点や現代の価値観を持ち込んで中世の物語を理解しようとしても、何も本質が見えないだろう、ということなのだ。
たとえば日本なら、源氏物語にフェミニズムの視点を持ち込むようなもの。「光源氏は紫の上をハイエースした」とかSNS上で笑い話にしているくらいならまだいいのだが、「幼女誘拐、児童への性加害を肯定する反道徳的な物語である」とか言い出した日にはどうなるか。それは物語の本質ではないし、当時の宮廷で読まれていたという前提すら無視している。

なので「そういうことじゃねえんだよ」とツッコめる人は絶対に必要だと思う。
逆にツッコめなくなったら、学問ジャンルとしては衰退するしかないかと…。


そしてもう一つ面白かったのが、フェミニズム云々の後ろにある「キリスト教の影響をどう考えるか」の部分。
これは、この本の第一章で詳しく説明されているメインどころなのだが、「キリスト教が布教されたからといって北欧世界に即時受け入れられたわけではない」、「アイスランドはアイスランド独自の教会制度を持っていた」という話が出てくる。

アイスランドの教会は長らく土地の有力者=ゴジの庇護下のもとにあり、教会を建て直したり管理したりする費用はゴジ持ち。つまり教会はゴジの財産扱い。ゴジが司祭を兼ねてミサを行って一定の資金を徴収することで私財を増やすこともあったらしい。
そんななので、聖と俗の分離はなされておらず、聖職者が結婚してはならないという規定も無かった。むしろサガの中には司祭が愛人を持ち、男女関係で争いに巻き込まれる話などもある。

ここに現代的なキリスト教観を持ち込むと状況が全然理解できないし、不適切な解釈をしてしまうという。
もともとキリスト教文化圏に属していない日本人のほうが、教会の影響力を過大評価しなくていい、という話は、あーなるほどなあ…と思ってしまった。

ポリコレ思想だけじゃなく、やたらキリスト教倫理観で古代や中世を評価しようとする研究者がいるなあ、とは思ってたんだけど、元々そういうバイアスがかかってる文化圏なのか…と。


なおアイスランド・サガの多くと同じく13世紀に成立したドイツ叙事詩「ニーベルンゲンの歌」でも、二人の王妃、ブリュンヒルデとクリエムヒルトの決定的な仲違いは教会の入口で起きる。「人々は争うために教会に行く」と言われる所以である。
教会は出てくるのに争いを止めることも仲裁することも出来ず、悲劇の緩和においては何の役割も果たさない。

「ニーベルンゲンの歌」は北欧神話やヴァイキングの子孫たちの荒々しい伝統をよく残した文学作品だが、その根底にある「教会」の概念は、アイスランドのものに近いのかもしれない。
だとすると、変なバイアスかかってないキリスト教圏外の研究者のほうが的を射たことを言ってる可能性もあるなと思った。


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ところで、私が本体のサイトを作りはじめてから、来年で25周年になる。
初期の頃に調べ物をするのにお世話になった本や論文の大御所先生方は、この5年くらいで何人も鬼籍に入り始めた。もっと本を出してほしかった、読みたかった先生方もいる。その真逆の先生方もいる。

時の流れは早い。
少年老い易く学成り難し、という言葉の意味をシミジミと噛みしめる季節である。