「農耕・牧畜」社会と「狩猟・採集」社会についてのよくある勘違い。組み合わせは色々、両方ないと成立しない

表題の通り、世の中には「農耕・牧畜」社会は「狩猟・採集」社会から発展した、より優れた形態と考える人が少なくない。
これは古くは日本の教科書でも「縄文時代=狩猟・採集」、「弥生時代=農耕・牧畜」とし、縄文時代から「発展」して弥生時代になったのだと説明していたという経緯から定着した誤解という側面もあると思う。

が、実際には一部の社会形態が変わっただけで、「発展」ではないし、一様に「置き換わった」とは言えない。少なくとも日本においては、近代まで狩猟をメインの生業とする集団が存在した。
また、あまり意識されないが、「農耕・牧畜」と「狩猟・採集」は必ずしもこのセットで定着するものではなく、「狩猟・農耕民」、「農耕・採集民」、なども存在しうる。

ひとつずつ見ていこう。

まず「狩猟・農耕民」だが、縄文時代の人は実際にはこれに近い。縄文時代の後期になると次第に集落の近くにクリの木やウルシの木など役に立つ植物を集めた、いわゆる果樹園のようなものを形成しはじめる。またアズキの栽培化も縄文時代には始まっていたことが分かっている。狩猟は植物の少なくなる冬をメインに行っていたという研究もある。

つまり、「狩猟・採集」の採集部分の比率が少しずつ下がり、農耕の前段を始めていたところに稲作が到来した、というのが現在考えられているストーリーだ。

ちなみに現代のシベリアでも、トナカイ狩りつつジャガイモや麦を育てている地域がある。


続いて「農耕・採集民」、これは農耕しながら山に入って山菜なども採る生活で、東北の事例が本になっている。コメがあまり大量に収穫できないとか、冷害の影響を受けやすいとかいう地域だと、山の恵みも救荒食として確保しておいたほうが安全だ。

これは農耕が不安定かつ近くに自然の恵みがある地域なら他でも発生しうる生活様式だろう。

このように、「狩猟・採集」「農耕・牧畜」は必ずしもこの組み合わせで採用されるわけではなく、この組み合わせでなければならないというわけでもない。また社会のあり方として、後者が前者として優れているというわけでもない。その地域の特色や気候条件に合わせて生存率を上げるために様々な組み合わせ・比率で採用される選択肢でしかないのだ。


そして、現代人が忘れていそうな大事なことがある。
農耕は狩猟民がいなければ成立しない。

これは、「農家はハンターがいないと安全に農業出来ない」と言い換えてもいい。

畑の作物は常に野生動物に狙われている。タヌキ、キツネ、シカ、クマ、サル、イノシシ、スズメ、カラス、etc. 
これらの野生動物は追い払ったくらいではどうにもならない。狩って駆除すること、人間は恐ろしいものだと覚え込ませること。農業は常に戦いである。実力行使で農作物を守らねばならない。ゆえにハンターは必須である。
過去の人類は、あらゆる暴力的手段を用いて自らの食べ物を守ってきた。現代においてもそれは変わらない。

縄文人が集落の周囲にクリ林を作った時、クマが食べに来なかったはずはない。縄文人はどうしたか? 当然、自分たちの取り分を守るために戦ったはずである。そうしなければ飢えて死ぬのは自分たちなのだから。

稲作が始まった時、押し寄せてくるスズメを網で取らなかったはずはないし、芋畑を掘り返しに来るイノシシに石を投げたり落とし穴を設置して捕まえたりしなかったはずもない。農業は狩猟と常にワンセットだった。山に入ってエモノを狩るオフェンス的な狩りと、集落や畑を荒らしに来る連中を狩るディフェンス的な狩りの違いだけなのだ。

近年はその狩りを受け持つ人が減ってしまったせいで、農業に影響が出ているわけだが…。
このままハンターが減り続け、農家も高齢化して獣に立ち向かう元気が無くなっていったりするのなら、山際の集落は農業するのも難しくなっていくだろうなと思うのだ。


この話からも分かるように、「狩猟・採集」は必ず「農耕・牧畜」に進化するわけではないし、どちらか一方しか存在しない社会は考えにくい。農耕が狩猟と必ずセットであるように、農耕が採集と組み合わされる社会もあり得るように、これらは並列の選択肢であり、どれとどれを組み合わせるかは自由なのだ。

というか現代社会は、実際には「狩猟・牧畜・採集・農耕」が全部存在し、役割分担している世界である。たとえばマツタケは採集でしか採れず、タケノコも多くは農耕というより採集の産物として市場に出回る。商業規模や関わっている人数でいえば農耕・牧畜が一番大きな割合を占めるが、それ以外も決して廃れたり、不要と見做されたりしているわけではない。


人類史を語る本に出くわした時は、まずこの意識は持っておいたほうがいいです。
じゃないと、話の前提とか知識の土台部分がだいぶ変わります…。